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【問診】

「なにがなんだか、さっぱりわからないが……とりあえず、座ればいいのか」


 青年は、小型の丸テーブルを挟んで女と向かい合ういすに着席する。テーブルのうえには、ティーカップがふたつと、湯気をこぼすティーポットがひとつ置かれている。


 セクシーナースの格好をした女の手元には、手書きで『問診票』と書かれた紙が置かれている。


「はぁい。それじゃあ、これから問診のお時間だわ」


「おまえが医療関係者には、とうてい見えないんだが」


「患者さんは、よけいなこと言わないのだわ。素直に、私の質問に答えること!」


 ナースコスチュームの女は、芝居がかった動きで看護師の真似をしながら、服で強調されたバストの谷間からペンを取り出す。


「まずは、患者さんの年齢を教えてくださーい」


「……わからん」


「じゃ、次は出身地」


「それも、わからない……」


「来歴、どんな細かいことでもいいのだわ」


「……」


 女の手元で、こつこつ、とペン先がテーブルを叩く。用意された紙面のうえには、なんの文字も書き留められない。


「だめもとで、一応、質問しておくのだわ。あなたの、名前は?」


 青年は視線を伏せて、しばし沈思黙考する。ナースのまがい物は、青年の思案に付き合う。やがて、青年は顔をあげる。


「……アサイラ・ユーヘイ」


「少なくとも、名前だけはわかってよかったわ」


 ナースコスチュームの女は、ふうっ、と息を吐きつつ、肩をすくめてみせる。


 結局、何ひとつ書きこまれることのなかった問診票の紙をくしゃくしゃに丸めると、部屋の片隅のごみ箱に向けて放り投げる。


 その様子を見ていた青年は、ぼそり、と口を動かす。


「蒼い星……」


 青年の独り言に、女が急に真剣な表情となって振り返る。青年のほうに、前のめりで向き直る。


「いま、なんて言った?」


「……俺を、もといた世界にかえせ」


 女の問いかけを無視して、青年は要求する。セクシーナースの女は、胸元を揺らしながら、何度めになるかわからないため息をつく。


「すぐにでも帰してあげるのだわ。場所が、わかるのなら」


「……」


 女の返答に対して、青年はふたたび沈黙した。


「とりあえず、まずは情報整理だわ」


 ナースコスの女は、右手の指のうえでペンをくるくると回転させる。


「年齢も、出身地も、いままでなにをしてきたのかもわからない。ただ、名前だけは覚えている。あと、シャワーを浴びたところを見ると、日常生活に支障はなさそう」


 女は双乳の狭間に、ペンをしまいこむ。青年は、女をにらみつける。


「俺は、帰るぞ」


「場所も、わからないのに? あてもなく、さまよって? まあ、私には深い関わりのない話だし、どうしても、っていうのなら止めないのだわ」


 女は、青年の敵意を受け流しながら、ティーポットからカップへと紅茶を注ぐ。紅い液体の満ちたカップを、女は青年のまえにすべらせる。


「一服したらどう? どうせ、いついつまでに帰らなくちゃいけない、なんてタイムリミットはないんでしょう?」


 女は、紅い唇にティーカップを運ぶ。青年も、少し遅れて女の動作をなぞる。カップのなかの液体を一口すすり、男は顔をしかめ、女は笑みを浮かる。


「なんだ、これは……蜂蜜の原液か……?」


「んーっ、美味しい。重労働のあとには、甘味が一番なのだわ」


『甘い』という概念が具現化したような液体を、味覚と嗅覚で味わうと、女は真剣な眼差しを青年に向ける。


「あなた、パラダイムシフターね」


「パラダイム……シフター……?」


 記憶喪失を差し引いても聞き慣れない言葉を耳にして、青年は思わず復唱する。女は、右手の人差し指をくるくると回してみせる。


「この宇宙には、無数の世界が存在するのだわ。誰が言い始めたのか、次元世界(パラダイム)なんて呼んだりする」


 女は、自分の目の前で左右の人差し指をくっつける。


「多くの人間にとって、自分が住んでいる以外の次元世界(パラダイム)を観測することはできないし、そもそも存在自体も知らないのだわ。でも……」


 くっつけていた左右の人差し指を、女は離してみせる。


「……ごくまれに、自分が住んでいたところから、別の次元世界(パラダイム)へ、独力で移動してしまう人間がいる。それが……」


「パラダイム、シフター……」


「その通りだわ。次元世界(パラダイム)間の移動は、本来、とんでもないことなの。ショックで記憶喪失になっても、不思議じゃない」


 青年の返答に、女は満足げにうなずきかえす。


「あなた、さっき、『蒼い星』って言ったでしょう? それが、あなたの出身次元世界(パラダイム)じゃないかしら」


「……確証は、ない」


「否定する理由もないのだわ。少なくとも、貴重な手がかりではある」


 確信に満ちた女の口調に反して、青年の表情はくもる。女の言っていることは、さっぱっり理解できないが、少なくとも帰還が困難なことだけはわかる。


 がたん、と音を立てて、女はテーブルから立ちあがる。


「それじゃあ。あなたの『蒼い星』が、どんなものか調べてみましょうか」


 女の言葉を聞き、青年は目を丸くして、反射的に顔をあげる。


「できるのか……そんなことが?」


「ぬふふ。できるのだわ。これがね」


 女は、青年を見下ろしつつ、にやり、と笑って見せた。


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