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【無影】

「ルガアアァァァ──ッ!!」


 宙空で身をよじったクラウディアーナは、上方の敵機に対して灼光の吐息(ブレス)を放つ。夜闇を切り裂く輝きの奔流が、機影を呑みこむ。


 だが、閃光が晴れれば、無傷のステルス機が上位龍(エルダードラゴン)に肉薄している。重機関銃が、鉄火を吐き出す。


『……くうッ!』


 龍皇女は体幹をひねり、鉄の礫から急所と乗り手をかばう。重金属の弾丸が、白銀に輝く鱗と皮を引き裂いていく。


 横方向へ滑るように回避運動をとるクラウディアーナを、ステルス機はかすめ、旋回の軌道を描き、白銀の龍の背後を奪う。


──バシュウッ!


 推進器とは別の噴出音が、響く。ドラゴンとの戦闘を前提にした空対空ミサイルが、機体下部から夜闇に向かって放たれる。


「ディアナどの、気をつけろ……誘導してくるぞ!」


『アリアーナより、伝えられておりますわ。それに……さきほどの差し合いで、相手の飛翔能力のほどは底が見えましてよ!』


 上位龍(エルダードラゴン)は、後方から迫り来る誘導弾頭に対して、自身も前方に向かって加速する。六枚の龍翼から、魔力を帯びた光の粒が舞う。


 龍皇女は、追従する空対空ミサイルから付かず離れずの距離を保ちつつ、大きく弧状の軌跡を描いて飛翔する。


 白銀の体躯をひねりながら、クラウディアーナはステルス機との相対距離を巧みに読み切り、敵機の横っ腹と衝突ぎりぎりで交錯する。


 遅れて飛来した誘導弾頭は、自らを発射した機影に激突する。夜闇に爆炎があがり、ステルス機が炸裂のなかに呑みこまれる。


「見事! やったか……ッ!?」


『いえ……相手は、どうやら、痛くもかゆくもないようですわ』


 抑揚のない声でつぶやきながら、龍皇女は後方に首を向ける。濃煙のなかから、いささかも速度をゆるめることなく、黒い三角形が飛び出してくる。


 その形状には、いささかの歪みも欠落もないばかりか、航空軌道にすら、まったく影響を与えられていないようにすら見えた。




「交戦中の『潜兎零式(ラビット・デルタ)』に、損傷なし! 『衝撃送還機構ショック・アンサモナー』、正常に動作しています!!」


 陣幕のなかで、モニターとにらめっこする技術スタッフが、報告の声をあげる。画面には、機体より導子通信で転送されたデータがめまぐるしく表示される。


 その場を取り仕切る白衣姿の『ドクター』は、機材や計器、コンピューターと向き合う技術士たちを見回す。


「それはなにより。パイロットのコンディションのほうは、どうかナ?」


「芳しくありません、『ドクター』。搭乗者のバイタルサイン、イエローゾーンへ突入。急速にレッドゾーンへと近づいています」


「……ふうむ」


 オペレーターの返答を受けた『ドクター』は、あごに手を当てて思案する。両目の精密義眼が、ぎらり、と赤い光を放つ。


 今回の作戦の要である試作戦闘機『潜兎零式(ラビット・デルタ)』は、攻撃無効化システム『衝撃送還機構ショック・アンサモナー』の実証実験機だ。


 召還術を反転して応用することで、閾値以上の衝撃を虚無空間へと放逐する。理論上、あらゆる物理的攻撃を無力化することができる。


 もっとも、『潜兎零式(ラビット・デルタ)』自体は試作実験機にすぎず、兵器としての完成度は高くない。むしろ、問題だらけといってもよい。


 導子流を制御する関係から、機体の形状は空力性能を犠牲にして、三角形のステルス戦闘機型フォルムを採用せざるを得なかった。


 さらに、機体全面をユグドライトコーティングでおおった影響か、はたまた召還魔法をベースにした術式の問題が、内部の導子勾配もきわめて不安定な状態にある。


 機材に対する影響はなんとでも最適化できるが、生身の人間となれば話は別だ。パイロットの心身への過剰な負荷は、大量の薬物投与でごまかしている有様だ。


「……そもそも、この技術の研究目的は本来、別のものだったかナ」


 誰にも聞こえぬような声で、『ドクター』は自嘲気味に独りごちた。


「『ドクター』、報告します……地上部隊が圧されています! 現在、丘陵の稜線上で乱戦状態。戦線も、徐々に後退しており……」


 本陣のテントに、慌てふためいた様子の兵士が駆けこんでくる。報告を受けたスーパーエージェントは、驚く様子もなければ、振り向きすらしない。


「なんとなればすなわち……威力偵察のときは、やれ過剰戦力だ、やれ蛮族狩りだ、などと盛りあがっていたのではないかナ?」


「そ、それは……ですが、しかし……」


「まあいい、キミに皮肉をいっても仕方ないかナ。あと一時間、いや、三十分だけ保たせたまえ。本陣の警護部隊も、予備戦力として投入してかまわない」


 上司の支持を受け、伝令の兵士は敬礼を返し、あわただしく退出していく。『ドクター』は、どこか他人事のようにため息をつく。


「『潜兎零式(ラビット・デルタ)』は、なにをしているかナ! 悠長にドッグファイトに興じていないで、『龍都』の殲滅に向かわせるのだ。早急に!!」


 守るべきもの、帰るべき場所を失えば、『龍都』陣営の士気はたやすく崩壊するだろう。『ドクター』は、腕組みして、技術スタッフからの返答を待つ。


 めずらしく語気を荒げた白衣の上司に対して、陣幕内が緊張で張りつめる。オペレーターが、導子通信機に怒鳴り声をあげ、スピーカーからノイズまみれの返信が来る。


「だめです! パイロット、ニック・ステリー、こちらの指示に応じません!!」


「操縦者のバイタル、さらに悪化! 現在、レッドゾーンの境界線上……脳波の乱れも増しています!!」


 技術士たちの悲鳴のような報告が、テントのなかに反響する。義眼の老科学者は、かつかつと足音を立てて、オペレーターのもとへ近づく。


「通信機を貸してくれないかナ。このワタシが、直接に指示を伝えよう」


 額に汗を浮かべるスタッフから席をゆずりうけた『ドクター』は、導子通信機ごしにパイロットとの交信を試みる。


「あー、あー。なんとなればすなわち……ニック・ステリーくん。このワタシの声が、聞こえているかナ?」


 呼びかけをおこないながら、白衣の老人の指は導子パラメータを微調整し、通信をじゃまするノイズを最小に抑えようと試みる。


『ぐペ……えギへべ……死ね、『イレギュラー』め! 殺してやる、復讐してやる、苦悶にまみれて……死にたまえ……ッ!!』


「……ふぅむ?」


 あごに手を当てて、『ドクター』はパイロットでの来歴を反芻する。


 ニック・ステリー。とある次元世界(パラダイム)の駐屯エージェントであったが、社に無断で私服を肥やしていたことが発覚した。業務上横領というやつだ。


 その後の社内調査で、背信行為が発覚するきっかけとして、数々のエージェントを撃退した敵対存在『イレギュラー』の関与が示唆されていた。


 現在、龍どもとともにセフィロト企業軍のまえに立ちふさがる、あの青年だ。


「『潜兎零式(ラビット・デルタ)』の交戦相手がなにものであるか、確認はとれているかナ?」


 導子通信機のまえに居座りながら、『ドクター』は周囲の技術士に尋ねる。


「地上部隊からの報告によると、六枚翼のドラゴン……ほかの個体との違いから、龍皇女と思われます。不明瞭ですが、背に人を乗せている、との情報も……」


「ふむ、ふむふむ……なんとなればすなわち。ドラゴンの背に乗って、生身で戦闘機とドッグファイトなど、文字通りイレギュラーに過ぎるかナ」


 白衣の『ドクター』の口元に、どこか子供じみた悪だくみの笑みが浮かぶ。


「ニック・ステリーくん、聞こえているかナ。キミの憎き怨敵……『イレギュラー』は、眼前にいる。みごと討ち取り、戦果をあげて、汚名を返上するといい」


『えギ、べへべ……『イレギュラー』、あいつのせいだ……殺す、死にたまえッ!』


 全権を任されている老科学者は、最終目標を『龍都』から龍皇女へと切り替える。要は、キングピンさえ落としてやれば、セフィロトの勝ちだ。


「パイロットのバイタルサイン、レッドゾーンに入りました!」


「『ラビット・ローズ』を追加投与。多めに打ちこんでやれ。彼の好物だろう?」


 技術士の悲鳴に、『ドクター』はさめた声で応える。赤く光る精密義眼のはめこまれた顔には、アイロニーに満ちた表情が浮かんでいる。


「なんとなれば、すなわち……このワタシとしては、逆恨みだと思うかナ」


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