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【市街】

『淫魔』が降り立ったのは、夕陽に低い角度から照らし出された商店街だった。


 主婦らしき多くの買い物客が談笑しながら行き来し、下校時間と重なったのかランドセルを背負った子供たちが駆け抜け、散歩の老人がそのなかに混じる。


 道路の向こう側にはバス通りがあり、企業の終業時間を前にして、多くの自動車が行き交っている。


「なんなのよ……これ……」


 黄昏時の和やかな人々の営み。その穏やかな風景のなかで、場違いな紫色のゴシックロリータドレスに身を包んだ『淫魔』は、額に冷や汗を浮かべる。


 内的世界(インナーパラダイム)に、通常、精神の主以外の住人は存在しない。イメージが投影されているときもあるが、それでも数人がせいぜいだ。


 いま、『淫魔』の視界に収まるだけでも、数十人の姿が確認できる。狭い路地だけで、この人数だ。市街全体となれば、とんでもない数になる。


「これじゃあ、内的世界(インナーパラダイム)じゃなくて、次元世界(パラダイム)そのもののようだわ……」


 ゴシックロリータスタイルの異物を気にも止めず、和やかな日々の営みを過ごす人々をまえにして、見る間に『淫魔』の顔面は蒼白となっていく。


 ぶんぶん、と『淫魔』は自分の頭を左右に振る。


「しっかりするのだわ。異常なのは、最初からわかりきっていたことじゃない!」


 己自身を叱咤して、『淫魔』は顔をあげる。


 まずは、この住人たちが幻影のイメージに過ぎないのか、個々の独立した精神なのかを確かめる必要がある。


 自我を持った住人が内的世界(インナーパラダイム)に住み着いているとなると、『淫魔』にとっては未知の事象だ。


 とはいえ、悪いこととは言い切れない。友好的な接触を果たせられば、協力を得られる可能性だってある。


「さてと……それじゃあ、誰か、話しやすそうな人を……」


 あらためて、『淫魔』は周囲を見回す。そのとき、背後からなにかが自分の身体にぶつかってくる。


 視線を向ければ、ランドセルを背負った下校途中の少年の姿がある。前をよく見ずに駆けて、衝突してきたのだろう。


「ちょうどいいのだわ」


 小さくつぶやいた『淫魔』は、少年を最初の交渉相手に見定める。


「ねえ、きみ。だいじょうぶ? 前を見て歩かないと、危ないのだわ」


 年少者を気遣うお姉さんの体で、『淫魔』は優しく語りかける。少年は、『淫魔』に対してゆっくりと顔をあげる。


「……ひッ!?」


 思わず『淫魔』は、悲鳴をあげてしまう。『淫魔』に向けられた少年の視線は虚ろで、黒い瞳は光を反射していない。


 人の心に触れる能力に長けた『淫魔』は、少年と視線を交わすことで、否応なしにその表層意識を読みとってしまう。


 まともな人間の精神では、ない。無数の自我が境界線を喪失してないまぜになったかのような、異様な執念、恩讐、狂気で充満している。


「なんなのだわ……これッ!!」


 思わず反射的に、『淫魔』は攻性の幻覚を叩きつける。


 相手の精神を軽く揺さぶる程度の思念攻撃だったが、刹那、風船が破裂したかのように少年は弾け飛び、塵と化して、消滅する。


「幻覚じゃない……かといって、まっとうな人間の精神体でもない……ッ!!」


 一歩後ずさりつつ、『淫魔』の背筋に怖気が走る。周囲の住人は、一斉に日常の動作を停止し、虚無に満ちた視線で『淫魔』を見つめていた。


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