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【来訪】

「ただいまだわ!」


 玄関口のドアが勢いよく開かれる。『淫魔』の声が、中央に寝台の鎮座する円形のリビングに反響する。


 部屋のすみに置かれた丸テーブルを挟んで向かいあっていた二人の居候──着流し姿のリンカとミニスカートのメイド服を着たシルヴィアが、声の主に顔を向ける。


「おじゃまいたしますわ」


『淫魔』の後ろから、白銀の髪を編みこみ、精緻な刺繍の施された純白のドレスに身を包んだ女性が入ってくる。家主に挨拶を返そうとした二人は、思わず絶句する。


「ク……ク~ン」


 白いドレスの女性が名乗らずとも、そのただならぬ気配に感づいたのか、獣人の娘であるシルヴィアは狼耳を伏せて、恐縮するかのように背筋をただす。


 同居人の変容にあっけを取られた女鍛冶のリンカは、『淫魔』に視線を向ける。


「家主どの……こちらのやんごとなき雰囲気の御方は、どちらさまなのよな?」


「初めまして。わたくし、クラウディアーナと申しますわ。皆からは、龍皇女などと呼ばれております」


 リンカに『淫魔』が返事をするよりも早く、クラウディアーナは自己紹介をすると、スカートのすそをつまみ、優雅に一礼する。


「……は?」


 来客の正体に気がついた女鍛冶は、あんぐりと口を開いたまま、硬直する。龍は、リンカの出身次元世界(パラダイム)において、神や仏と比類する存在だ。


「うふふふ。二人とも、そう硬くならずに……わたくしも、そなたたちと同じ正妻候補の一人。いまは、まだ等しき立場ですわ」


 彫像のように動かなくなったリンカとシルヴィアに対して、龍皇女は慈愛に満ちた微笑みを投げかける。当の二人は言葉の意味を呑みこめず、頭の回転まで停止する。


「はいはい! リンカ、シルヴィア、ぼーっとしている暇はないのだわ!!」


 女鍛冶と獣人娘の目を覚ますように、『淫魔』は、パンパンッ、と大きく手をたたく。背後の『扉』から、なにかを重そうにかついだアサイラが入室してくる。


「リンカ。とりあえず、見てくれないか? 例のものだ」


 黒髪の青年は、背負った大剣を丸テーブルのうえに置く。


「ちょっと、アサイラ! 食卓のうえに乗せるんじゃないのだわ!!」


「わたくしの『龍剣』を汚れもの呼ばわりされるのは心外ですわ、『淫魔』」


「グリンッ! 実際、泥まみれじゃないの!?」


 虚ろに視線をさまよわせていたリンカの赤い瞳は、『龍剣』をまえにすると、とたんに職人の輝きを取り戻す。


 着流しの女鍛冶は、『淫魔』と龍皇女の喧噪など耳に入らぬ様子で、色あせた刀身をまじまじと眺める。手にしたティースプーンで、こつこつと打音を確かめる。


「さもありなん。こいつは、驚いた。まさか今生で、これほどの逸品を拝めるとは、思ってもいなかったのよな……」


 リンカは、泥が染みつき、亀裂の入った刀身をなでながら、感嘆のため息をつく。


「うふふふ。あちらの職人どのは、『淫魔』と違って見る目があるようですわ」


「私のこと、いちいち引き合いに出すのはやめてほしいのだわ。龍皇女」


「それで、どうだ。リンカ。こいつを、直せるか?」


 アサイラは、敵愾心に満ちた『淫魔』とクラウディアーナの会話を断ち切るように、女鍛冶に向かって身を乗り出す。リンカは、『龍剣』を凝視し続ける。


「ぱっと見た限り、劣化しているのは表面だけ。亀裂も浅いし、芯骨も無事。鍛え直すことは、できる。ただ、素材が素材なのよな……」


「……『気』の問題ね」


 己の腰に両手をあてた『淫魔』が、女鍛冶の言わんとしたことを代弁する。部屋の主は、面々のなかで唯一の男性に視線を向ける。


「アサイラ、もう一仕事だわ!」


「俺を、過労死させるつもりか……」


 黒髪の青年は、肩を落としながら、うんざりした表情を浮かべる。


 家主の言葉に艶事の気配を期待したシルヴィアは、ぴょこん、と狼耳を立ち上げる。直後、龍皇女の存在を思い出して、頬を羞恥で赤く染める。


「そういえば、さっきセイサイコーホがどうのこうとか言っていたが……どういう意味なのだな?」


「うふふふ。ここにいる女たちのなかから、誰を妻とするのか、彼……アサイラどのに選んでいただく、ということですわ」


「……ひょこっ! こちらも、その中に入っているのだな!?」


「ええ、もちろんですわ」


 自らの疑問に対するクラウディアーナの答えを聞いて、シルヴィアはいすから立ちあがる。ミニスカートのすそからのぞく狼の尻尾が、ぶんぶん左右に振れている。


「ちょっと、龍皇女。勝手に話を進めないでほしいのだわ」


「うふふふ。わたくし、なにか間違ったことを言いました?」


「間違っていない。だからこそ、面倒だわ」


 頭痛を抑えるように右手を額にあてつつ、『淫魔』がつぶやく。華奢なのどから、深いため息があふれ出た。


「かいつまんで説明すると、この龍皇女がアサイラをお婿さんにしたいらしいの。だけど、シルヴィアやリンカにも、その権利はあるでしょ、って言い返したのだわ」


「そういうこともありまして、正々堂々と平等な立ち位置から、アサイラどのに正妻となる女を選んでいただこうと。そういう話に、落ち着いたわけですわ」


 濃紫と純白、正反対の色合いのドレスに身を包んだ二人の女が、事情を説明する。


「……うん、うんっ!」


 狼耳をまっすぐ立てて、文字通り、喰い入るように話を聞いていたシルヴィアは、丸く見開いた瞳を期待に輝かせる。


 獣人娘の尻尾の振り子運動は、いっそう激しさを増して、ミニスカートをまくりあげる。アサイラの位置からは、ローライズショーツのヒップ側が丸見えになる。


 まるで狩猟にのぞむ獣のように積極的なシルヴィアに対して、リンカは戸惑うような、消極的な笑みを浮かべている。


「のんべんだらり。アサイラの旦那は、アタシにはもったいない男なのよな。必要な『気』をわけてもらったら、工房に下が……」


「……だめだな! リンカも、参加するッ!!」


 着流しの女鍛冶の言葉をさえぎるように、獣人娘は至近距離に顔を近づける。


「ともかく! ここは私の部屋だから、私の流儀に従ってもらうのだわ。アサイラからリンカへの精の供給もかねて、ジャッジはベッドのうえで!!」


「ま、それは仕方ありませんわ。ここは従いましょう、『淫魔』」


 家主の宣言に、来訪者である龍皇女も同意を示す。


「それじゃあ、シャワーを浴びておきたい人はいる? いまのうちに、申告!」


「こちらは、さっき身体を流したのだな。リンカもだ」


「婚約したのち、床をともにすることは、当然、あり得ると思っていました。わたくしも、沐浴は完了済みですわ」


「あー……俺は、汗を流してきたいんだが」


「よぉし! 全員、準備は完了しているのだわ!!」


 アサイラの要求を黙殺し、『淫魔』の号令が円形の部屋に響きわたる。その切れ長の瞳が、及び腰になっている女鍛冶を見咎める。


「シルヴィア、リンカが逃げ出すまえに捕まえて!」


「了解だな!」


「ぬあ……っ!? おシル、離すのよな!!」


 獣人娘は、すばやく女鍛冶を羽交い締めにする。もがくリンカをものともせず、中央の寝台まで引きずっていき、そのままシーツのうえに組み伏せる。


「マスター、こちらもがんばっていたんだな……ご褒美が、欲しい」


 女鍛冶のへそのうえに体重をかけて動きを封じつつ、シルヴィアはアサイラへと潤んだ瞳を向ける。いつの間にか青年の後に回った『淫魔』が、その背を押す。


 観念したようにアサイラは一息吐くと、ベッドに向かって歩み出す。青年の後頭部を見送った『淫魔』は、自分の横にいるクラウディアーナを見やる。


「一応、再確認しておくのだわ。龍皇女。これでも、だいじょうぶ?」


「……不利な戦いだからといって、白旗をあげるつもりはないですわ。『淫魔』」


 少しばかり緊張した面持ちのクラウディアーナは、衣擦れの音を立てながら、自ら純白のドレスを脱ぎ始めた。


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