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【湖面】

次元世界(パラダイム)の再生……『龍剣』には、そんな力もあるのか」


上位龍(エルダードラゴン)の骨ともなれば、すさまじい導子力を内蔵しているだろうけど……あらためて聞いても、驚きだわ」


「……わたくしは、他の次元世界(パラダイム)に『龍剣』の存在が伝播していると聞いて驚きました」


 わずかのあいだ、沈黙を保っていたクラウディアーナがふたたび口を開く。


「わたくしがしたことは、材料となる尾の骨を差し出したくらいですわ。造り出すにあたっては、人間の職人や魔術師、他のドラゴンの力を多分に借りました」


 龍皇女は、ふう、とため息をつく。その口元に、自嘲的な微笑みが浮かぶ。


「そのとき関わった者が次元転移者(パラダイムシフター)となり、他の次元世界(パラダイム)に『龍剣』の製法を伝えたのかもしれませんね」


「そんな大切な『龍剣』を……」


 アサイラは、すこしばかり物怖じするかのように、控えめに言葉を紡ぐ。


「……俺に渡しても、だいじょうぶなのか?」


「うふふふ。我が伴侶、現在のこの次元世界(パラダイム)を見て、荒廃していると思いますか?」


 龍皇女は、もとの微笑みのヴェールで顔をおおい、青年のほうを見る。クラウディアーナの問いに、アサイラは首を横に振る。


「その通り。わたくしの『龍剣』は、もう仕事を果たした、そういうことですわ」


「皇女どの。もうひとつ、質問がある」


「ディアナ、と呼んでいただきたいですわ」


「……ディアナどの。『龍剣』を使って、荒廃した次元世界(パラダイム)を再生させたことはわかった。ならば、これは、仮定の話になるんだが……」


 今度はアサイラが、龍皇女を真剣な眼差しで見つめ返す。


「……仮に、次元世界(パラダイム)が死んだ場合、それを生き返らせることは可能なのか?」


 クラウディアーナは、ふたたび前方を向く。口元に微笑みを浮かべ、目を細め、沈黙を守り、青年の質問には答えない。アサイラも、『淫魔』とともに正面を見やる。


 眼前の空間が開き、いっそう強く陽光がきらめく。鏡のように輝きを反射する水面が現れる。龍皇女の『庭園』の中心地であろう場所には、湖が広がっていた。


 その中央に、なにかが突き刺さっているのが見える。なにも知らなければ、その形状から石碑のようにも思えただろう。


 前方に立ち、先導をつとめていたアリアーナが、わきにどける。クラウディアーナは、湖の中心を白い手で指し示す。


「どうぞ。我が伴侶……」


 アサイラはうなずき、下草の大地から水面へと足を踏み出す。水域は浅瀬になっていて、足首あたりまでしか沈まない。


 湖面に波紋を広げながら、青年は歩みを進めていく。住人である小魚たちが、珍客の来訪に驚き、背中で光を反射しながら逃げ離れていく。


 やがて中心地にたどりついたアサイラは、苔むした『龍剣』の柄に手を触れる。握りしめ、力をこめる。


 水底に穿ちこまれた大剣は、驚くほどあっさり引き抜かれ、青年の手におさまった。


「……これか」


 アサイラは、陽光に照らし出される刀身をしげしげと眺める。『それ』は、思ったほどには大きくはない。


 もちろん、剣としてはサイズがある部類だろう。長さは、青年の身の丈を少しばかり上回る程度。刃も、それに見合った幅を持つが、標準的な両手剣の範疇だ。


 両手で『龍剣』を握り、天にかざしながら、アサイラは深く思案するように眉根を寄せる。しばしの間、そうしたあと、ゆっくりと湖の岸へと戻っていく。


「どうだったのだわ、アサイラ!?」


 喰い入るように身を乗り出した『淫魔』が、青年に尋ねる。アサイラは、顔をしかめたまま、『龍剣』の刀身を見せる。


『それ』は、泥にまみれ、薄茶色に変色し、乱杭歯のように刃こぼれしていた。よく目を凝らせば、細く小さな亀裂が幾重にも走っている。


「千年ものあいだ、この次元世界(パラダイム)をつなぎ止める『楔』の役割を務めていたのですから」


 経年劣化も当然といった様子で、表情を変えずにクラウディアーナは言う。側近龍たちは、主君に同意するようにうなずいてみせる。


 アサイラと『淫魔』は、龍皇女たちの言葉にかまうことなく、年経た『龍剣』を挟んで顔をつきあわせる。


「……クソ淫魔。これで、あの次元障壁を破れると思うか?」


「十中八、九、このままでは無理だわ」


「だろうな」


 眉間にしわを寄せて、朽ちかけた刃に視線を落とす二人のまえに、純白のドレスのスカートを揺らしながらクラウディアーナは歩み出る。


「お気に召しましたか、我が伴侶」


「龍皇女、あなた……ッ!」


 腰を屈めていた『淫魔』は、勢いよく立ちあがると、龍皇女に詰め寄る。


「……わかっていて、私たちを案内したわね?」


「さて、『淫魔』……そなたは、なんのことを言っているのだか」


 クラウディアーナは微塵も動じることなく、静かな声音で応じる。銀色の髪のしたで、琥珀色の瞳が意味深な微笑みをたたえている。


『龍剣』のまえにひざを突いたまま、アサイラは深いため息をつく。ともすれば、吸いこまれそうな龍皇女の視線が青年を見おろし、艶やかな唇が動く。


「せっかくですから、我が伴侶。わたくしの宮殿に、しばし逗留なさることを勧めますわ。他の正妻候補たちや、不本意ですが『淫魔』の客間も用意いたしましょう」


「そんなことをしている暇はないのだわ、龍皇女!」


 あくまで慈悲深く、好意的に語りかけるクラウディアーナに対して、アサイラの返事を待たずに、『淫魔』が割って入る。


「アサイラ、忙しくなるのだわ!」


 黒髪の青年は、『淫魔』に対してうなずき返しながら、腰をあげる。


 紫色のゴシックロリータドレスの女は、虚空に向かって手をかざす。景色にノイズが走ると、木製の『扉』が忽然と姿を現す。


「ああ、ここは結界のなかだったのだわ……龍皇女、私たちの退出を許可しなさい。無理に引き留めると、アサイラがなにをしでかすかわからないわよ?」


「他人のことを、猛獣かなにかみたいに言うな。クソ淫魔」


 クラウディアーナは、目を丸くする。そして、アサイラと視線を重ねる。蒼黒の瞳孔の奥に、妄執じみた確固たる意志の光を見る。


「……わかりましたわ。我が伴侶、それに『淫魔』」


「あら。思ったより話が早くて助かるのだわ、龍皇女」


 アサイラは『龍剣』をかつぐ。青年を後目に『淫魔』は、『扉』に手をかけ、押し開く。戸の隙間から虚無空間がわずかにのぞいたところで、女は背後を振り返る。


「そうだわ、龍皇女。なんなら、一緒に来る?」


 予想外の提案を受けたクラウディアーナは、思わず表情を失う。主君の背後では側近龍たちが唖然とした表情を浮かべ、反射的に声をあげそうになり口元をおさえた。


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