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【奉迎】

『──行け。負けを認めてやるぞ。今回だけは、な』


 縦長の龍の瞳孔が、アサイラをにらむ。青年は、拳をほどきながら、ゆっくりと立ちあがる。顔をあげれば、側近龍が翼を羽ばたかせ、ゆっくりと浮上する。


「アリアーナ。だいじょうぶか?」


『治癒の魔法(マギア)で、止血し、応急処置をしました。万全にはほど遠いですが、ゴールまでなら保つはずなのですよ』


 ヴラガーンの肩から問いかけるアサイラに、アリアーナが応答する。灰色の龍の腹部には痛々しい裂傷が刻みこまれているが、確かに、出血は止まっている。


『行け、小僧。オレは、何度も同じことを言うのは、好まんぞ』


 重々しい巨龍の言葉を聞いた青年は、暴虐龍の首を駆けのぼり、その頭部から跳躍する。側近龍の背に着地すると、衝撃でその身がよろめく。


 不安そうなアサイラの視線を知ってか知らずか、アリアーナは首をもたげ、ヴラガーンと視線を合わせる。


『暴虐龍……あなたが、素直に負けを認めるとは意外でした』


『勘違いするな、側近龍。このまま勝つのは容易だが、あとから難癖をつけられるのが煩わしいだけだぞ。オレは、問答は好まん』


 岩のような肌を持ち、山のような巨体のドラゴンを、アサイラはアリアーナの背のうえから見あげる。ヴラガーンは、早く行け、と促すように首をねじる。


「大物龍」


『小僧……まだ、なにか言うことがあるか?』


「俺は、おまえに勝てたとは思っていない」


 暴虐龍は、少しだけ楽しそうに鼻を鳴らす。側近龍は、断崖の出口に向けて滑空を始める。ヴラガーンは岩肌のうえに着地し、その姿を見送る。


 アリアーナの飛翔速度は遅く、ときおり龍体はふらつき、いまにも墜落するのではないかと不安になる有様だった。


『……最後のチェックポイントは、龍都そのものなのですよ。街のうえを横切って、一番最初に正門前に着地すれば、我々の勝利です』


 アサイラの危惧を振り払うように、側近龍は語りかける。崖の回廊を抜ければ、遠目に『龍都』の街並みが見えてくる。


 アリアーナは、『龍の尖塔』をはじめとする建造物と接触しないように、高度を上げていく。その上昇速度は、焦れったくなるほどに遅い。


 いまの側近龍の有様ならば、どんな下級の龍であっても、彼女をしとめることができるだろう。アサイラは、そう思いつつ、背後をうかがう。


 幸いにも、追いすがるドラゴンの影は見あたらない。


 下方向から、かすかに歓声が聞こえてくる。十分すぎるほどの高度を確保したアリアーナが、『龍都』の市街を縦断していく。


 多くの市民たちが、尖塔の高層階や建物の屋上に登り、先陣を切って飛来したドラゴンに手を振り、祝福の言葉を投げかける。


 側近龍の腹部の無惨な傷跡は、太陽の輝きが逆光となり、見えないようだった。


『もう少し……もう少しなのですよ。アサイラさま』


 アリアーナは、うわごとのように、自分自身に言い聞かせるように、くりかえし言葉をつぶやいている。


 ここまで来て、アサイラにできることは、もはや、なにもない。ときおりバランスを崩し、失墜しそうになる側近龍を、信じることしかできない。


 苦しげな呼気をこぼしつつ、アリアーナは『龍都』正門の直情に到達する。側近龍は、がくんがくん、と段階的に浮揚高度を下げていく。


 危なっかしくよろめきながら、灰色のドラゴンは正門前の人だかりの中心にできた広場に着陸する。


 破けかけた龍翼と、腹に刻まれた深い傷跡を見て、観客たちは息を呑み、沈黙する。一瞬のあと、割れるような歓声がわき起こる。


「到着だ! 我らの勝者たちが、いま『龍都』にたどりついたぞ!!」


「見ろ! 龍と人が手を携え、過酷な戦いを勝ち抜いた!!」


「祝福を! 一人と一頭の勝利者に、あらんかぎりの祝福を!!」


 千年に一度の競技会の、勝者が決定した瞬間だった。


 灰色のドラゴンと、その乗り手に群がろうとする群衆を、『龍都』の衛兵たちが、どうにか押しとどめる。


 アリアーナは、その場にぐったりと身を伏せる。アサイラは、ねぎらうようにたてがみをなでながら、己も肩の力を弛緩させる。


「どうにか……勝てたか」


『はい。我々の、勝利なのですよ……』


 観衆の熱狂がますます盛りあがっていくなか、一人と一頭は、いままでおさえこんでいた重い疲労の噴出を実感する。歓声も、どこか遠くに聞こえる。


 ふと、周囲がふたたび静まりかえる。観客も衛兵も、凍りついたかのように動きを止める。アサイラは、頭をあげる。アリアーナは、動けない。


『龍都』の北方に広がる台地から、複数の白い輝きが、空を横切って近づいてくる。接近につれて、それが無垢な色合いの鱗を持つドラゴンの群だとわかる。


『龍皇女殿下……』


 アサイラは、アリアーナのつぶやきを聞く。群衆たちは、誰に命じられるわけでもなく、引き潮のように後退していく。


 人々が立ち退いてできた空間に、純白の龍たちは次々と着地していった。


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