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第2章 お静伝説物語 2-3 長浜

 勝豊が長浜城主を引き受けてから半月後、勝豊は長浜城の外堀の前にいた。

 手取川の合戦の前に、秀吉が勝手に戦線を離脱して以来、勝家と秀吉は反目し合っている。その秀吉の居城の受け取りに、勝豊は数十人の家臣と共に訪れていたのである。

 城の下見に出ていた家臣から、異常なしとの報告があったが、いざ城内に入るとなると、勝豊一行に緊張が走る。

 勝豊が外堀に架かる橋を渡り、大手門をくぐると、派手な衣装を着た小男が目の前に現れた。羽柴筑前守秀吉だった。

「勝豊殿、よう来た、よう来た」

 と、秀吉は言いながら勝豊に抱き付いた。

 勝豊は、対立している目上の秀吉が突然馴れ馴れしい行動をしたのことに驚き、動揺した声で挨拶をする。

「羽柴様自らのお出迎え、恐縮に存じます」

 秀吉は勝豊の肩に手を回し、城郭の奥にいざなう。秀吉に呑み込まれてしまった勝豊は、為す術もなく従った。秀吉の近習と勝豊の家臣団も二人の後に続く。

「二の丸に酒席を用意してるでよ、まずは長旅の疲れを癒してちょ」

「誠にありがたいご申し出なれど、お役目なれば、まずは城の見分をいたしたく存じます」

「ほんなら、ワシが案内するでよ、行こまい」

「それは、あまりにも恐れ多いことにございます」

「遠慮せんでもええて。この城はワシが建てたんだわ、ワシが一番よう知っとる」

 秀吉はそう言って、天守に向かって歩き出し、付いて来ようとする者達を制した。

「ワシャー勝豊殿を案内するでよ、おみゃーらは柴田家の方々を案内してちょ」

 と、秀吉は近習に命じて、勝豊と二人だけで天守に入っていった。

 二人が天守最上階に上がると、秀吉は障子を開けた。

 本丸の先に広がる、日光を浴びてキラキラと光る琵琶湖が、勝豊の目に飛び込んできた。湖と空が水平線で溶け込んでいる。

 勝豊が見とれていると、秀吉が反対側の障子を開けた。

 今度は、内堀の中に設けられた港や蔵屋敷、水路で区切られた武家屋敷、それらを囲う二重の外堀、その外に広がる城下町が、勝豊の眼前に現れた。

(この城は、まさしく琵琶湖に浮かぶ城だな。よくここまでの物を築いたものだ)

「これが長浜城だがや。北ノ庄城は安土城を凌ぐと聞いとるが、この城もなかなかのもんやろう。今日からは、勝豊殿のもんだがや」

「自分のようなものが、このような立派な城の主になることになり、望外の喜びでございます」

「そんなに、かしこまらんでええて。勝豊殿は柴田家の跡継ぎだで、もっと堂々としてりゃええ」

「……」

 跡継ぎという言葉に引っ掛かり、勝豊の顔が強張った。

「違うんか? ワシは、てっきり勝豊殿が跡を継ぐもんと思っておったがね。切れ者の勝豊殿は、武勇を重んじる柴田家には合わんのかのう?」

「決して、そんな事は……」

「そういやぁ、ゆくゆくは佐久間兄弟が越前と加賀の領主になりゃーすと聞ーちょったことが……」

「そっ、それはどこでお聞きになられたのですか?」

「先日、清州の城で聞いたんだわ。……噂だがね、唯の噂だわ。気にせんでええがね」

 秀吉は清州で噂を聞いたといったが、それは嘘だった。勝豊と勝政が不仲なのを知っていた秀吉が、柴田家を揺さぶるための作り話であった。


 秀吉は気を落とす勝豊を天守から連れ出し、二の丸へ向かった。

 途中に小さな祠があり、その前に来ると、秀吉がしゃがみ込んで手を合わせた。

 拝み終わった秀吉に、勝豊が尋ねる。

「ここには、何の神を祀っているのでしょうか?」

「『きく』という娘だがや」

「娘?」

「この城を建て始める前ことだぎゃ。人柱を探しとったら、近くの漁師に姉妹がいたんだわ。ほんでよー、一人を差し出させることになったんだがね。ほんだて、漁師は盲目の妹を差し出すつもりで、妹に人柱の話をしたんだわ。ところが、話を横で聞ーちょった姉のきくが『妹は、生まれながらに目が見えない哀れな子だで、十分幸せを味わせてもりゃーた私が身代わりになりゃーす』と言ーて、人柱になりよったらしいんだわ」

「この祠は、その娘の霊を慰めるためのものでしたか」

「そうだがや。だもんでワシは、この祠の前を通ったら、必ずお参りするんだがね。恨まれたらたまらんでよ」

 祠を後にする秀吉の後ろ姿を見ながら、勝豊はお静のことを思い出していた。


 この日、城の見分を終えた勝豊らは、秀吉によって盛大にもてなされ、危惧したようなこともなく、城を無事に受け取ったのだった。

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