二日目、異世界到着、ね。
山吹様に連れられて、食堂の裏手にある家屋へと入ります。
今回もいんたーほんは使用されませんでした。
中に人の気配がないからでしょうか。
無人の家屋へと侵入する際はいんたーほんは確かに不要で御座いましょうが…
然れど、実際に入ってみるまでは無人かどうかの判断が出来ようはずも御座いません。
一体どういう理屈なのでしょうか。
此方が家の中に入るとテンゴクが扉を閉めて下さいました。
なるほど。
開けたものは閉めるべきで御座いましたね。
「梅染山吹です!鏡占いをお願いします!」
なんと!
唐突に山吹様が叫びました。
この気配ひとつせぬ無人の邸宅の中に、それでも誰かが居るのでしょうか。
もしも居るのならば、矢張りいんたーほんを押しておくべきだったのではと考えてしまいます。
ぽーん!
そう、このように音を鳴らして礼儀を示すべきで…
なんと!
いんたーほんを押してないのに鳴っているでは御座いませんか。
こちにはもう訳が分かりませぬ。
「えっ、外に誰か居るの?」
てんご様が仰いました。
なるほど。
外に別の来客があればいんたーほんを押してもおかしくはありません。
しかし、その場合はいんたーほんとは矢張り押すべきものであり、此方達も押すべきだったのではないかという考えが頭の中をぐるぐると回って離れませぬ。
いんたーほんとは押すべきものか、押さぬべきものか、
然れど、先のてんご様の考えを山吹様が否定します。
「ふふ、到着した合図だよ」
いんたーほんとは合図にも使うので御座いますか!
これ、いんたーほんというものの奥深さは何をもってどう理解すれば良いのか難解が過ぎています。
人の世は全く、理解が追い付く前から新しき理に触れざるを得ないのでしょうか。
山吹様が玄関の扉を再度開きます。
すると、今度は見知らぬ世界が扉の向こうに広がっているではありませんか!
到着したとは一体何が何処へと到着したということなのか、外の世界が移動したのでしょうか。
全くもって、面妖の過ぎる変化で御座います。
てんご様が外に出たので此方も後ろに続きます。
見た目以上に先程までの世界から変化しているのでしょう。
匂いはもちろん、空気の重さや質までが変わっており、これは最早…
なるほど、異世界ということで御座いましたか。
「わくわくするかい?男の子にはたまんないだろ?冒険が始ったっていう実感はさ」
山吹様の言葉にてんご様が同意します。
てんご様は兆様の息子の意味通り、やはり男の子なので御座いますね。
冒険が始まったとわくわくというものが堪らない程ではないので、此方は女の子なのでしょう。
食堂で嬢ちゃんと呼ばれたことからも間違いないように思います。
「すごいです!こんな場所があったなんて!」
てんご様はわくわくが堪んない様子に御座います。
此方も本日は見ず知らずの場所ばかりに訪れております故、てんご様も初めて来る場所に同じようにこれたというのは嬉しく思います。
わくわくした様子のままで「ね!」っとてんご様が此方を見て言います。
はて。
『ね』という一文字に込められた意味は一体なんなのでしょうか。
根?
音?
寝?
まさか、先程のてんご様の台詞『こんな場所があったなんて』に続いての『ね』であり、『こんな場所があったなんてね』となるのでしょうか。
その『ね』の部分だけを此方に向かって言うことで、此方に向かって同意を求めたのではないでしょうか。
それ以外にはあり得ないほどにしっくりと来ます。
ならば此方の答えは一つ。
「此方にとって、今日は見るもの全てが初めて見たものだったのです。てんご様とこの気持ちを共有できたのならば嬉しく思います」
てんご様が笑顔で頷いてくれました故、此方もたいそう嬉しくなりました。