二日目、食後の感謝
人の世で初めての食事を済ませることができ、味わうということは至福とも言えると知りました。
そして、無事に完食できたのはてんご様のおかげで御座いましょう。
「御馳走さまでした」
筋骨粒々な店長様に向かい、てんご様が丁寧に感想を言いました。
なるほど、確かに先程のかれえらいすは御馳走さまと言うに相応しき出来映え…
店長様がかれえらいすを作るためにどれ程の研鑽を重ね、東奔西走したのか計り知れぬところはこちにも想像の及ぶところで御座います。
馳走とは、詰まるところ走り回るという意味であり、そこに「御」をつけることにより馳走に対しての尊敬と感謝の念を伝えることのできる見事な言葉という他ありませぬ。
こちも、店長様の馳走に感謝を込めて、ぺこりとお辞儀を致しました。
ご馳走さまという言葉選びが、こちにとっては少し洒落が利きすぎていて恥ずかしかったのが申し訳のう御座います。
店長様が鋭い目付きで此方を見ています。
「ふん。まぁ良いだろう。おい、山吹。こいつらを案内してやれ」
今の鋭い目付きで此方を値踏みしていたので御座いましょうか?
てんご様と共に認めて頂けたようで嬉しく思います。
此方だけが駄目だと言われたとしたら、それはとても怖いことだと想像するに容易く…
一人で置き捨てられてしまうことがないよう、てんご様の側に在れるように務めとう御座います。
「あいよ。子どもが来るとは聞いてたけど、まさかテンゴクだったとはね」
「兆の旦那が頼みに来たんだ。何か考えがあるんだろう」
何やら、事態がてんご様も把握していない方向へと進んでいるのでしょうか。
てんご様の表情が拗ねているような、不貞腐れているような… 此方にはなんとも図りかねる複雑なものへと変わっています。
今の店長様達のやりとりが気に入らなかったようにも思えますが。
「えっと、父さんがまた何か面倒なことを…?」
なんと!
今の憂いた面持ちは己の扱いのことでは無く、店長様と山吹様に手数を取らせているのではと気を使っての表情で御座いましたか。
真っ先に自身のことを勘定から外して物事を憂いていたてんご様の、その懐の深さには感嘆せざるをえませぬ。
店長様が「気にすんな」と言われました。
山吹様も「そうだね。私は案内するだけだ。たいした手間じゃないし、さっさと行っちゃうかい?」と言われます。
このお二人も、てんご様にも負けぬ寛大な心の持ち主なので御座いましょう。
てんご様の表情が一気に明るくなり、「有り難うございます」と頭を下げます。
そして、起こす頭で「で、何処へ行くんですか?」と訪ねられました。
憂いが失せ、ようやく己のことを案じ始めたようで御座います。
少々、自身のことを後回しにし過ぎているように思います。
いずれ、遅きに失することで不利益を被ることもあるのではないかと心配になります。
「どこへって、異世界だよ」
爽快な笑顔で山吹様が告げたその言葉に、てんご様が目を丸くされました。
なんと!
事態は早速にてんご様の想定外になっているので御座いましょうか。
やはりと言うべきで御座いましょう。
てんご様が自身のことを後回しにされるのなら、その分まで此方が、てんご様のことを優先して慮るべきに間違いありませぬ。
異世界とは何か理解が及ばぬこちは、その一点を殊更に強く、強く心に留めておくと致しましょう。