二日目、手紙
座布団に座り、机越しに向かい合っている此方達。
少年は自分宛の手紙を読んでいるようです。
此方への手紙は此方には読めぬ字で書かれていました。
此方に人の世の知識を与えた兆様が、こちには読めぬ字で手紙を書いている以上、これは少年に読んで貰えということなのでしょう。
此方は少年が自身の手紙を読み終るのをじっと待ちます。
何やら、手紙を読んでいる少年の顔が疑問符で埋め尽くされているように感じます。
難解な内容なのでしょうか?
「なんだこれー!」
少年が叫びます。
これが手紙を読み終えた人間のとる儀礼だったのやもしれませぬ。
此方には読めないので知らなくても問題は無さそうですね。
少年が此方の手紙を指して 「読んで良い?」と聞いてきます。
待っていたので問題はありません。
此方は手紙を差し出します。
「ありがとうございます」
何故でしょう。
手紙を読んでもらうはずの此方が少年にお礼を戴きました。
此方もこの礼儀正しさを見習うべきでしょう。
いいえ、見習いとう御座います。
少年が手紙の内容を確認しています。
しばらく確認をした後に、此方の方を見て「あれ、もしかして、手紙を読んで欲しかった?」と確認してきました。
此方は頷きます。
然れど、他の何かがあったのでしょうか?
此方にはまだ人の世は難解なようで御座います。
いよいよ、少年が手紙を読んでくれました。
「君は誘拐された。ただし、夏休みが終るまでだ。ぼくの名前は典語。君が嫌でなければ仲良くしてほしい。君は普通に喋っても良い。君は自分の名前を決めても良い。ぼくと二人で考えてほしい。最後に、困った時は魔女の館を訪ねなさい」
なんと!
喋っても良いとは!
しかも、名前とは神威に許されざる物であるはず…
「喋ったら良いと思うよ」
てんご様が喋ることを再び促して下さいます。
これは喋らなければ失礼にあたるでしょう。
此方は緊張しています。
「はい」
なんとか声になりました。
それでも、ちゃんと聞こえているのか不安で御座います。
「名前って、本当にないの?」
少年の問いかけ。
此方は「はい。神威に名は不浄と」と返せました。
少年はそれには「そっかぁ」と素っ気ない態度で返事をくれました。
「ちょっと休もっか。君も疲れてない?」
少年が気遣ってくれました。
座布団の上に腰を降ろしているというのに、肩に力が入りすぎていたようで、確かに疲れているようです。
此方はまず頷いて、そして話しても良いのだと思い直し「はい」と返事をします。
此方が話すと少年が嬉しそうにしてくれます。
何故でしょう?
「あっ、ぼくのことは好きに呼んで良いよ。学校じゃ、『典語くん』がいつの間にか『テンゴク』になっちゃってて、皆にそう呼ばれてるけど、ちょっと酷いと思わない?」
友好的に振る舞っていただけたことが嬉しくて、天国は酷いという理由が分からないままに「そうですね」と返事をしてしまいました。
理想の国という意味とは違う別の「テンゴク」という言葉があるのでしょう。
人の世は何と奥深いので御座いましょうか。
少年は「冷たいお茶を持ってくるね」と言ってどこかへと向かいます。
また気遣っていただけた嬉しさに、此方は精一杯の感謝の気持ちを込めて「はい」と返事をしました。
人とは、このように温かな存在だったのですね。