二日目、少年との出会い
此処は…
此方は…
目の前には兆様が居ます。
はて…
「気付いたか」
ああ、人格を与えられたのですね。
まるで、此方が人のようです。
神威としての此方はどうなってしまうのでしょう。
「よし、そこの家の玄関の側にこのインターホンというものがある」
きざし様の手の中に映し出された小さな四角い箱
「まずは、あそこにあるインターホンのこのボタンを押せ」
きざし様が、箱の中の突起を示します。
しかし、いんたあほんとは何でしょう。
知識の中にある言葉で最も近い言葉の組み合わせは…
引退本…
射ん大砲…
どちらも意味が適していないようです。
不可解な言葉は分からずとも、映像から理解はできた故、問題はないと判断しましょう。
此方は理解した証として、兆様に向かって頷きます。
「ここに手紙が三通ある。最初に茶色の封筒だけを息子に渡せ。そうすれば、お前は完全に誘拐される」
兆様が三通の手紙を私の洋服の飾りの中に入れました。
いつの間にか着替えていたようです。
「では、行ってこい」
兆様が私を送りだしてくれました。
では、いんたーほんなるものを押してみましょう。
大砲の発射釦でないことを祈りつつ…
いざっ!
ぴんぽーんと、何やら小気味の良い音が壁の向こうで鳴りました。
これで良かったのでしょうか?
此方が心配になって振り返ると、兆様はもう何処にも居りませんでした。
此方は不安になってしまいました。
もう一度、いんたーほんを押してみましょう。
ぴんぽーん
再び壁の向こうで音がしました。
なるほど。いんたーほんと連動して家屋の中に音を鳴らす機械のようです。
いんたーほんを知らぬ者であれば扉を叩いてしまうでしょう。これを使えば来客が最低限の知識と礼儀をわきまえているか確認できましょう。
どうやら、私は来客として合格だったようです。
その証拠に扉が開きました。
はて?
扉の内から現れた者は不可思議そうに此方を見ています。
何かが間違っていたのでしょうか。
兆様とは違い、背の丈が此方と同じ程度であるので目線が合います。
なんとも言えぬ不思議な心地がいたします。
そう、とても心地好くて…
「えっと。こんにちは。何か用事ですか?」
問いかけられても困ります。
此方は儀式以外での発声を禁じられているのです。
神威として容易く発言するわけには参りません。
その後もなにやら質疑を繰り返されましたが、こちは立派に沈黙を守りました。
そも、答えられそうな質問が一つしかありませんでしたが。
あっ!
この者が兆様の言った息子であるのかもしれませぬ!
このような接客をするのは使いの者であると思い込んでおりました。
息子とは男の子どもという意味で御座いますれば、目の前の小さき者が子ども呼ばれる存在という可能性が高く、此方はこの者に手紙を渡すべきなのでしょう。
子どもとは一人前になる前の未熟な存在なので、背丈が小さきことは理に適っております。
さすれば、此方は神威の子どもなのでしょうか?
さて、男の子、つまり少年に此方の蝶結び飾りの道具袋を差し出します。
「中に何か入ってるの?」
警戒されているのか受け取ってはもらえませんでした。
此方は先の質問に頷き、茶色い封筒を取りだして少年に渡します。
これで、こちは誘拐されることが出来るのでしょうか?
その封筒の中の手紙とやらを見た少年は、頭を抱えたり、踞ったりを何度か繰り返します。
はて…
少年は大丈夫でしょうか?
人の子よ、気を確かにと心の内で励まします。
「ええっと、家に入る?」
苦渋の決断をしたらしき少年の誘い。
断る理由はありません。
此方は頷きます。
そして、此方は少年に連れられて玄関の扉の向こうへと参ることにしました。
然れど、誘拐はまだなのでしょうか?