不思議な双子
「お!今日はもみじだぁっ!」
時刻は朝の8:00。普通なら「おはよう」と声をかけられるべき時間だけど、俺が雪奈に言われた挨拶はそれだった。
「そうだよ、もみじだよ!おはよう雪奈!紅葉じゃなくてよかったぁ!」
『おいこらどういう意味だもみじ!』
「え、そのまんま?」
『ふざけんな!とっとと変われ!』
「そんなこと言われてもー」
「どしたのもみじ?あ、もしかして紅葉?」
紅葉、それが俺の名前だ。だけど、あるとき俺の名前は、この通り『もみじ』になってしまう。
「正解!また私の中で文句言ってるー。気持ちは分かるけどね」
『だったら変わってくれよ…まぁ、自分勝手に変われたら苦労しねぇけどよ…』
人生で何度目になるか分からないこのやり取り。それは、俺達の秘密が原因だった。
「おめでとうございます!元気な男の子です……ってあれ!?えっ、女の子!?」
親の話では、それが看護婦の第一声だったらしい。
「ど、どうしたんですか…?」
そんな看護婦に、親父は当然の疑問を投げかけた。しかし看護婦は、またも慌てふためいた様子で親父に告げる。
「あれっ!?やっぱり男の子!?」
「だからどういうことなんですか!?」
「すみません…私にもよく分かってないんです」
とりあえず、お互いにただことではないと感じたため、少し落ち着こうと言う結論になったらしい。
「えーっと…大変珍しい…というか、人類初の出来事じゃないでしょうか…いや、すいません。我々も戸惑ってしまって…」
「な、なにか病気なんですか…?」
「いえ、むしろ健康そのものなんですが…これは奥さんにも一緒に話します。こちらへ」
そして親父とおふくろが知らされた事実がこれだ。
「あなた方のお子さんなんですが…なぜか先ほどから男の子になったり女の子になったりするんです…」
「どうしてそんなことが…?」
「それが…どうも遺伝子情報がおかしなことになっていて…自然にこんなふうになることはありえないはずなんですが…」
「でも、元気ではあるんですよね…?」
こんな正体不明の子供なんか、気味悪がってもおかしくはないのに、母さんは医者にそう聞いたらしい。
「はい。健康的にはなんの問題もありません。ただ、性別が二つあるというか、普通ではありえない状態になってるんです」
「それでも僕らの子供ですから。育てますよ」
親父のその一言で、俺の人生は始まったのかも知れない。
そして今。そんなわけで、俺は原因不明だが『紅葉』と『もみじ』の人格を持っている。ただし『紅葉』のときは『もみじ』が表に出ていないだけで、頭の中で二人で会話することは可能だ。もちろんその逆も。
ちなみに俺と血が繋がっていれば俺ともみじの脳内会話を聞くことができる。要するに、家族は聞けて、他の人は聞けない。
「なぁ母さん。俺達は珍しいんだよな?」
「そうねぇ」
『イジメられたりしない?』
俺ともみじが学校に行くようになってから心配したのはそれだった。だと言うのに-。
「おっす紅葉!バスケやろうぜ!」
「なんだ、今日はもみじじゃないのかー」
「なにがっかりしてんだ雪奈。」
―普通に受け入れられた。俺達は17歳になり、高校生活を送っている。ちなみに学年は3年生になったばかりだ。学校側にも事情を説明してる(しないと入れ代わったときめんどうだから)とはいえ、あまりにも普通に馴染めている。
「ってかもみじ、何気久しぶりだね!」
「そうだね!」
そうやってもみじに話しかけてきたのは雪奈だ。
「最近紅葉ばっかだったからさー」
『なぁもみじ。こいつは俺に聞こえてること忘れてるのか?』
そう、俺の声は相手に届かないが、相手の声は俺に聞こえるのだ。しかしそれを説明しても雪奈は俺の愚痴をもみじに言う。まぁ、愚痴と言っても「最近紅葉ばかりでつまんない」がほとんどだから、俺も諦めかけている。
「覚えてるけど言っちゃうんだよ、雪奈は」
「あー、また二人で話してる!ゆきなも混ぜてよ!最近もみじに会えなくて寂しかったんだからー!!」
「もう、落ち着いてよ雪奈ー」
なんて言いながら、もみじは嬉しそうだ。それも当然だろう。なにせ雪奈とは、小学校からの付き合いだ。
ちなみに、雪奈が最近もみじに会えなかった理由は実に簡単。『もみじ』と『紅葉』が入れ代わるのは不定期で、ここ一週間は『紅葉』だったからだ。逆に1日で変わることもあるし、いつ入れ代わるのかは自分達にも分からない。全く、迷惑な話しだ。もう悟りの境地に入りつつあるから、そんな迷惑もどうでもよくなっていることが恐ろしい。そんなとき、俺は思い出したように言った。
『あ、そういえばもみじ』
「ん?どしたの?」
『お前俺の制服かばんに入れた?』
この前忘れたことがあったから念には念を。
「あっ!ごめん紅葉!」
『マジかよっ!?』
「えっ、なになに?まさか紅葉の制服忘れたとか?おおっ!これは紅葉のセーラー期待できるか?」
もみじの反応を見て、雪奈が騒ぐ。そう、いつ入れ代わるのかが分からないため、お互いの制服を持っていないと大変なことになる場合がある。もみじが男物を着てるのはまだいい。だが逆は…っ!!
「今日もみじが紅葉の制服忘れたってー!」
『学校に着くなり言いふらしてんじゃねぇよ雪奈!?』
雪奈の第一声に俺は思わず叫ぶ。脳内だから雪奈本人には聞こえていないけど。すると案の定バカップルがやってきた。
「海斗くん海斗くん。シャッターチャンスあるかもしれない!」
「オッケー桜!今日はもみじを見ておかないとね!」
「えっ?」
「どうした桜?」
「い、いや…その、もみじちゃんばかり見てるのは嫌だからね…?」
「もう、安心して?僕は桜に夢中だから大丈夫だよ!」
朝からラブラブオーラ全開の2人を見て、もみじが呟いた
「ねぇ、2人とも私のこと見えてる?」
『いや、見えてないと思うぞ』
だが俺は、呆れつつもこいつらは微笑ましいと思っている。クラスどころか学年からも公認のカップルだし。
「でも、もみじちゃん久しぶりだねー!」
雪奈とも交わした会話が再び行われる。
「でもあれだね、やっぱり長くて一週間で入れ代わるんだね」
『さすが海斗だな。気づいたのか』
「海斗ー、紅葉がよく気づいたなって言ってるよ」
「ありがとう。珍しい現象だからなんとなくデータにしてみたんだよねー」
海斗はバカップルで、少し子供っぽいとこがあるクセに、やけに頭がいい。おそらく東大なら余裕で受かるくらいの頭脳だ。しかし本人はとくに大学に興味があるわけではなく、単純に知識を増やすのが趣味らしい。
確かに俺達は海斗の言うとおり、長くて一週間、最短で1日(24時間)の期間で入れ代わるのだ。でも、どうしてそうなるのかは全く分かっていない。今さら気にはしていないけど。
「うーん、でも複雑だなぁ。もみじに会えたのは嬉しいけど、紅葉のセーラーも見たいよねぇ」
「それは私もそう思う」
『俺の気持ちにもなれよ!?』
そんな俺達の日常は、いつも騒がしい。