1ー3ー1・オカモトはミート・ザ・デーモンズ〈前編〉
執筆者No.004
鬼──。それは頭に角、口には牙、手には金棒、虎皮のふんどしを身につけ、人を食らう赤い化物。桃太郎、一寸法師など数多くの昔話に登場する、強く恐ろしいものの象徴であり、地獄の獄卒というイメージもあるだろうか。また、節分では豆を投げつけられると逃げていくというかわいらしいエピソードも知られている。
鬼は、そんな日本を代表する空想上の生物、のはずだった。
しかし、桃太郎の時代から遥か時を環境破壊をくり返す現代の強欲な人間たちを地獄へ引きずり落とす、という大義名分のもと、「鬼」は実在の生物として人間に牙を剥いたのであった。
南アメリカ大陸・アマゾン川流域に広がる世界最大の熱帯雨林。そのアマゾンの深刻な森林伐採により突如姿を現した鬼は瞬く間に世界を震撼させた。特に南米の被害は重大であり、三ヶ月も経たないうちに南アメリカ大陸の総人口の五分の一にあたる六千万人以上の人が犠牲となった。我先にと南アメリカ大陸からほかの大陸に逃げ出す人々。それによって急激に増える各国の難民の受け入れ、途絶えてしまった南米の国々との貿易。この世の終わりだと騒ぎ立てる世界中のメディアと、それらに感化された人々。世界は大混乱に陥り、国連は早急な対応を迫られた。しかし、ナイフも銃弾も通さない強靭な皮膚をもつ鬼たちの前に、人間が為す術はないに等しかった。
やがて、学習能力の高い鬼たちは、人間が船で逃げ出すのを見て、海へ出ることを覚えた。もちろん彼らには方角を知る術も船を動かす術もなく、別の大陸へ辿り着くことはできなかった。しかし、人間に近いほどの高い知能をもつ彼らなら、一年も満たないうちに海へ渡る術を身につけ、世界中へ進出するだろうと専門家たちは予測した。これにより、世界はさらなる混乱に陥り、アメリカ大統領──アナルド・トランクス──は、南米に核爆弾を投下することを提案したほどである。
国連では引き続き対策が協議されるとともに、世界中の優秀かつ勇敢か研究者たちによって、鬼の生態が明らかになっていった。
彼らは日本で伝えられている通り、日本の角と鋭い牙をもち、鉱物でできた金棒のようなものを扱うらしい。唯一違うのは、体はもとは黒であり、植物を使って体を赤や青など様々な色に染めるのがならわしであるということであった。日本からも鬼に関する研究チームが派遣されており、彼らは日本の言い伝えとは一致しない鬼の習性を発見した。それは、鬼の恐怖から人間を救う重要な事実であった。
日本の節分では、鬼は豆を嫌うとされているが、実際には大豆ではなくコンドという木の実の成分を嫌うということがわかったのである。
「鬼ヶ島」は実在する島であり、実在した桃太郎一行と考えられる者たちによって鬼ヶ島を追い出された鬼たちが、アマゾンの熱帯雨林に逃げ込み、その複雑な地形と、アマゾンを取り囲むように生息するコンドの木によって出られなくなってしまったのではないか──というのが有力な説であった。また、学者たちによれば、鬼たちは元々さらに高い知能と高度な文明をもっていたが、アマゾンの中で暮らすうちに知能が退化し、代わりに肉体がより強靭に進化したという。この説が本当だとするならば、鬼ヶ島を出た後、海を渡ってアマゾンへと移り住んだ鬼たちの子孫が、再び海を渡る術を身につけるのにそう多くの時間を要さないことは容易に推測できるであろう。
専門家たちの予想を上回り、鬼発見から約十ヶ月で、鬼たちは北アメリカ大陸、オーストラリア大陸、アフリカ大陸の三つの大陸へと進出した。しかし、用意されていたコンドの木の実の成分を利用した武器と、それを装備した国連の軍隊により、鬼を殺すことはできないものの、人々を鬼の襲撃から守ることには成功した。世界は一時救われたかのように思われた。
しかし、ここで新たな問題が発生した。──コンドの木の実の不足である。コンドの木は鬼に支配された南米の地域でしか育たない。もとより、森林伐採により数が減少していたコンドの木はあっという間に底をついた。
そこで立ち上がったのはまたもや日本の研究者と企業である。コンドの木の実に近い成分を含む物質を発見したのである。その物質とは、合成樹脂。すなわち──
──ゴムである。
次回は1月25日(木)午後7時掲載予定です。