1-1・オカモトはフォール・イン・ラヴ
執筆者No.001
オカモトがフジさんと初めて出会ったのは中学校一年生のときだった。
一学期期末テストが行われてから一週間後、期末テストの結果が昇降口前に貼り出されるのをオカモトは友達と見に行こうとしていた。中学に入ってから初めてのテストだったため、オカモトはとてもワクワクしながら廊下を歩いていた。オカモトは小学校でもトップを取れるのではないかと思っていた。いや、確信していた。頬がにやけそうになるのを必死に抑え、友達と好きな女優を語りながら昇降口に向かっていた。
階段を降りている時に、ふいに前を歩いていた長い黒髪の女子のポケットからハンカチが落ちた。ピンクの花が描かれ、端には『FUJI』と書かれていた。
「落としましたよ」と声をかけた。めずらしく下心もなしに。黒髪の女子は髪をなびかせながら振り返り、「ありがとうございます」と言い、さっそうと歩いていった。オカモトはしばらく動けなかった。友達が「男前だな」「やるじゃん」と冷やかしたが、そんな言葉は彼の耳には届いていなかった。黒髪の女子の美しさに心を奪われていたのだ。有村架純よりも本田翼よりも広瀬すずよりも美しかったのだ。艶やかな黒髪に、凛とした大きな瞳。小鳥のようなかわいらしい声がオカモトの脳内に何度もリフレインして、彼はこれから期末テストの結果を見に行くことさえ、忘れていた。そう、オカモトはひとめぼれをしてしまったのぁ。まだ名前も知らぬ黒髪の女子に。
三分後、オカモトは黒髪の女子に名前を聞いておけばよかったという後悔の念から我に返った。友達に「カップラーメンが出来上がったのか?」とからかわれたが、オカモトは「すまん」とだけいい、本来の目的である期末テストの結果を見に昇降口へと歩きはじめた。
歩いていたものの、オカモトの頭の中はいまだにお花畑状態であった。どうやったら彼女の名前を知ることができるのかを浮かれながら考えていた。現在、オカモトは恐ろしいことにストーカーと同じ心理状態であった。それほど、オカモトは黒髪の彼女に強くひとめぼれをしてしまった。幸運なことに、オカモトはストーカーになることなく、黒髪の女子の名前を知ることが出来た。オカモトにとって最悪な形で。
昇降口前はもうすでにたくさんの生徒で溢れかえっていた。オカモトたちは人波にもまれながらもテスト結果へと近付いていった。移動している間、同小の友達がオカモトの顔を見ては顔を反らした。一人ならともかく、何人もだ。オカモトは不思議と思いながらもテスト結果の見える位置まで移動した。そこで、オカモトは何故同小の友達がオカモトに対してあのような反応をとったのかを理解した。
『二位 オカモト 四九八点』
万年トップの座についていたオカモトにとって、この結果は屈辱でしかなかった。何故だ、何故満点でないのか、何故一位でないのか、見直しを十回もしたのだ、いや、見直しをしなくてもミスを侵す訳ない。それなのに何故……。
オカモトの頭の中は疑問だらけであったが、ふと一位の人の名前が気になり、貼り出された紙をもう一回見た。
『一位 フジ 五〇〇点』
「フジ……フジか……どっかで見た覚えがあるぞ……」
確か同小にはいなかったはずだ。それならば一体誰なのだ。オカモトは見覚えのある名前の主を必死で思い出そうとしていた。すると、オカモトたちの目の前にいた女子集団が一斉に騒ぎはじめた。
「フジちゃん!また一位じゃん!すごいね!」
「満点ってヤバっ!」
周りのことも気にせずキャーキャー言い合う女子集団はオカモトにとって嫌悪の対象他ならなかった。ちょっとは周りのことを考えて静かにできないのか!と怒鳴ろうとしたその時。
「ありがとう。でも、今回はたまたまだわ」
小鳥がさえずるようなかわいらしい声には聞き覚えがあった。声の主を見ると、先程のハンカチの持ち主である黒髪の女子であった。
「もしかして……フジさんってさっきのハンカチの女の子!?」
オカモトは黒髪の女子の名前を知ることが出来て、嬉しさを感じた。しかし、
「……好きな人よりテストの点が低いってダサくねぇか……」
これはオカモトのプライドの問題であった。今までテストで誰かに負けたことなんか一度もなかった。しかも、初めて負けた相手が自分が一目惚れした人だ。
「よし、今度のテストに勝ったら、フジさんに告白しよう」
そう思い、オカモトは勉強を真剣に始めた。彼は今までテスト勉強なんてしたことがなかった。そんなことをしなくても、授業さえ聞けば満点が取れていたのだ。塾にも通い始めた。通信教材も使い始めた。
そうして月日が経ち、三ヶ月後、九月に行われた中間試験で、
「ウソだろ……」
オカモトの結果は満点で一位であった。しかし、フジさんも満点で一位だったのだ。同じ順位では勝ったことにならない。
「くっそ、次こそっ!」
だが、その後もオカモトはフジさんに勝てず、負けるか引き分けるしかできなかった。
フジさんがこの地域で一番の進学校である〇〇高校の進学コースに進むと聞き、オカモトは迷わず同じ学校のコースを受験した。入試で勝ったら告白しようと思ったが、また負けた。正確な順位は知らないが、高校の入学式で新入生代表の言葉を述べていたのだから彼女が一位なのだろう。
そして現在に至る。
次回は1/11(木)午後7時掲載予定です。