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トレイン ~見たこともない切符で見たこともない電車に乗って~

作者: のんびり屋

①切符



 「ね~、どこ食べ行く~?」


アリスは聖一郎と手を繋ぎ、池袋の改札を出ながら振り返った。

聖一郎とは付き合って3年になる。


「そうだな~、久しぶりに焼き肉食べたいな~」

「いい! 私も焼き肉かなって!]

「じゃあ、決まりだな!」

「やった!!」


 二人は一緒に住んでいる戸田公園から、埼京線に乗り池袋に来ていた。

真夏の匂いが外から駅構内に入り込んで来ている。


「暑いし、昼間っからビールいっちゃおうぜ!」

「いいね~。私も飲む~。」


 大学のサークルで知り合い、卒業してからも関係は続いている。

モテる上に真面目なアリスと、大胆で明るい聖一郎は、お互い人気があった。

よく友人にも羨ましがられた。

アリスは聖一郎の好奇心旺盛で、すぐに顔を突っ込む性格が好きで

自分にない行動力が羨ましく、尊敬している所でもあった。

 

 「ね~ね~。あの端っこにいるお爺さん、何か手招きしてない?」


階段のちょっとした隙間に座った男が、こっちを見ていた。

 

 「そうか? こっち見てるだけじゃね?」

「いや、絶対呼んでるって!」

「あいつコート着てるぜ。暑くないのかな?」

「ほら! 又、手招きしてる」

「あははは。違うって、全然呼んでないって!」

「行ってあげようよ」

「ま~いいけどよ」


 人混みでごった返す構内を、横切る感じで男の所に行ってみると、

陰になっていて少しだけ冷んやりした場所になっていた。 

アリスは聖一郎と一緒に居るだけで、自分も好奇心が強くなった気がして楽しかった。

(聖一郎さん、興味あるくせに....)


「お爺さん。私たちを呼んだよね~?」 


横目で聖一郎を見ながらアリスは言った。 

80歳くらいの男は白い髭を生やし、茶色の長細い帽子を深くかぶっていた。

 

 「なんじゃね? 君たちは?」


男は人懐っこい感じはあるが、年齢的によくあるボヤっとした感じの返事をしてきた。


「アリス~、やっぱ呼んでないって~」


聖一郎は男の方に両手を重ねるポーズをして


「ごめんな。じいさん。急に話しかけちゃって。」

「あれ~? おかしいな~。そんな感じに見えたのに~」


 

男が、急にしっかりとした口調で話し出した。


「君は、私が手招きをした様に思ったんだね。そう感じたんだね。」

「え? なに? なに?」

「うむ。もしかしたら君は選ばれたのかもしれないな。うむうむ」

「ん? ん? どうした?じいさん?」

「それでは、この切符を見せてあげよう!」


男はスッと立ち上がり、Suicaと同じ大きさの切符を取り出した。

それは見たことも無い色や模様が描かれており、文字も見た事が無い不思議な切符だった。

 

 「これは私が大切にしてきた、大事な大事な切符なんだ。」

「わ~! お爺さん! それ! スゴい綺麗!!」


切符を見たアリスは、その綺麗さにビックリした。

斬新な色合いで、日差しに反射し光を放っている。

かなり精巧に作られていて、恐ろしくピカピカな切符だ。

 

 「この切符に、決して傷を付けてはならない!

そして無くしてはならない!

常に大切にし、肌見放さず持っていなくてはならない!

しっかり手に握り、絶対に人に渡してはならない!」

 

 さっきまでのボヤっとした感じが消え、緊張を与える口調で続けてきた。


「いやいや、どした? どした?」


遮るように聖一郎は言い、少し後ずさりした。


「なに? お爺さん? 急にどうしたの?」

 

 「別に危険な物では無いから安心したまえ。これは.....」

「いやいや。いいよ。いいよ」


今度はしっかりと話を遮るように、聖一郎は大きく手で制した。

 

 「怖くね?」

「ビックリ!」


二人は顔を見合わせ、又男の方を見た。

男はゆっくり腰を降ろし、人懐っこい顔に戻っていった。

そしてニコニコしながら二人を見上げた。

 




②改札を抜けて



 「アリス~、そんなの捨てちまえよ」

「え~、だって凄い綺麗だよ。それに聖一郎さんだって面白れ~て言ってたのに」

(ふふふ....興味あるくせに...)

 

不思議な切符を貰ってしまったアリスは、駅から少し出た所で立ち止まり眺めていた。

外は蒸し暑く、日差しもかなりある。

すぐにビールを飲みに行きたいと思った。

また池袋の様な大きな駅は人が多くあまり好きではない。

 

 「何処の文字なんだろう?」

「英語じゃないし中東系でもないし、全然見たこと無いな~」

「スゴい未来の未来、その先の先の未来の切符なんじゃない?」

「あははは。なんだよそれ」


 「あっ! これで改札入れるか試して見ようぜ!」


聖一郎は目をキラキラさせながら池袋の改札をアゴで指した。


「えー? 大丈夫かな~?」

「アリス~お前は相変わらず真面目だな~」

「でも「ビーッ」って鳴ったら恥ずかしいよ」

「大丈夫だよ。鳴っちゃったらササッと戻って来りゃいいんだよ」

 

二人はさっそく駅に戻り、さっき出てきた改札に向かった。

聖一郎が嬉しそうに笑っている。

そして恐る恐る切符をかざしてみた。 


「ピンコン!」

二人はスーッと、すんなり改札を抜けてしまった。





 突然!音が消えた!

 

 「え? え??」

 

今までいた人や物音、外を走る車の音が消え、駅には二人しか立っていない!

慌てて振り返るが、誰もおらず動いているものが何も無かった!

 

 シーーーーーン


あれだけ居た人や音が無くなると、駅構内は妙に広く巨大な空間だと気づかされる。

暑かった夏の風も無く、ゾクッとする冷たい空気になっている。

 

「なにこれ?」


聖一郎の声が広い構内に響き渡った。


「なにこれ~なにこれ~なにこれ~」


何度も何度も反響した。

 

「............」


しばらく言葉を失い、その場に立ち尽くしてしまった。

  

「誰もいなくなっちゃった....」


アリスがボソッと小声で呟いた。


「お、おう」


聖一郎もアリスの言葉で我に帰り、顔を見合わせた。


「なんなんだ?」 

「ビックリ....」


会話がそのまま反響するので、思わず小さい声になっている。


「この切符って....」

「夢....」


二人はビクビクしながら端の方に移動した。

その靴音も大きく響きわたった。


「コツ! コツ! コツ!」

 




③切符のハサミ



 少し落ち着いてきた聖一郎が、ワクワクした口調で言った。


「ちょっと先まで行ってみようぜ」

「え~? 怖いって。戻ろうよ」

「大丈夫だろ。電気も付いてて明るいし、チャント切符で入ったんだぜ」

「で、でも....」


 「コツ! コツ! コツ! コツ! コツ!」 


二人は広々とした駅の中を、コツコツと靴音を響かせながら進んでいった。

かなり歩いたが誰も居ない様だ。

誰もいない駅は静かで広く感じる為、不思議な空間に感じた。


「誰か一人くらい居てもいいのにな~、電車とかホームとかどうなってんだろ」


さっきまでの暑さがなくなり寒さを感じるくらいだった。


 さらに先に進むと。

奥の奥の曲がった向こう側で、微かに金属を連続で鳴らしている音が聞こえてきた。


「カンカンカカン、カンカンカカン.......」 


その音はどこかリズミカルで、どうやら人の手で鳴らしているようだ。


「ね~ね~向こうの方から音が聞こえるよ~」

「ホントだ。行ってみようぜ」


 二人は音が聞こえる方に向かっていった。

近くに来れば来るほど、その金属音が大きく聞こえてきた。

他に音がないだけに響き渡っている。

次の角を曲がると、改札に一人の駅員が立っていた。


「あ! 人がいる!」

「ホントだ!」


ひと昔前では当たり前だった紙の切符を駅員さんに渡し、それを受け取った駅員が切符を切る。

その切符切り専用のハサミをカンカンカカンと駅員がリズミカルに鳴らし続けていた。


「カンカンカカンカンカン.....」



 「すいませ~ん。ちょっといいですか?」


二人は駆け寄り、この異常な状態は何なのか聞こうとした。

しかし駅員は、真っ直ぐ前を向いているだけで、こっちを向こうとしない。


「切符を!」


駅員はいきなり切符を催促し、事務的な態度で手を出してきた。


「あ! はい!」


あまりに普通に言われたので、聖一郎は切符を渡そうとした。


「あ! 待って! この切符、傷を付けちゃダメって言われてるの。」


とっさに、切符をくれたお爺さんの言葉を思い出したアリスが言った。

動きを止めた駅員は、チラッと切符を見た。


 「どうぞ」


ごく自然に、いつも行っているかの様に中に入るよう促した。

そして、又、カンカンカカンとハサミを鳴らし始めた。

何だかわからないが、圧倒されるように二人は改札を抜けていった。

と、同時に電車がやって来る音が聞こえてきた。


「あ! 電車が来た!」


聖一郎は電車の音がした方を見て、歩き出そうとしている。


「待って! 待って! 駅員さんにいろいろ聞こうよ」

「いや、電車が来てるから急ごう!」

「え? え? まって! まって!」


アリスは聖一郎からはぐれるのが怖く、慌てて後を追いかけた。

  




 ④ブルーライン



 アリスは地下への階段を降りて行く聖一郎を、追いかける様にホームに向かった。

途中にガラス張りの綺麗な改札があったが駅員さんは居なかった。

どういうわけかホームにも人影がなく、変に広い空間が不気味な気持ちにさせた。


「お! 来た来た!」


聖一郎は楽しそうな声で、電車が近づいてくる方向を眺めている。

線路の先の暗闇から、電車の光が見えてきていた。


「ヒューーーーーーン!」


やって来た電車は青く光り、宇宙船を思わせる様な形をしている。

車体は物凄くシンプルなデザインで、青く光るラインが4本真っすぐに走っている。


 (ブルーラインって書いてある.....)

ホームの案内板に書いてあるのを見つけ、アリスはこの電車がブルーラインだとわかった。 


電車は静かに、そして音も立てずにスーーーーっとホームに滑り込んできた。

電車とホームの隙間が1ミリくらいか?隙間さえもないのか?くらいピタリとしている。


電車が入ってきた風に髪を揺らされながら、聖一郎は嬉しそうにしている。


 「フーーーン」


開いたドアも正確に出来ているのか、止まる位置も計算されているのか?

全ての構造がピタッと作られていて、かなり進んだ技術で作られているのがわかった。

 

 「どうしよう? 開いたよ~」


不安を感じたアリスが聖一郎を見ると、聖一郎は子供の様な目で電車を見ている。


「乗ろうぜ!」


アリスの手を引っ張り電車の中に入ってしまった。

やはり電車の中にも人は居ない。


「ね~、誰も居ないよ~」

「なんだろな~? なんで人が、いないんだ?」

「もうっ、さっきの駅員さんに聞けばよかったのに」


 電車の入り口の枠が青く光り、しばらくして「フーーーン」とドアが静かにしまった。


「あ、あ、閉まっちゃった」

(あ、この駅の駅名を見ておかなくちゃ.....)


アリスは急いでこの駅の名前を探した。

が、焦っているのか何処に書いてあるのかわからないまま、電車は走り出した。


「ヒューーーーーン!」





⑤乗客



 「地下鉄なのかな?」


聖一郎は残念そうに窓から目を反らした。

窓の外は暗く壁になっている様で、トンネルの中を走っているようだった。

電車の中も少し歩いたが人は居なかった。


「聖一郎さん。何か誰も乗ってない電車って不思議だね~」

「次の駅までどれぐらいで着くんだろう」


聖一郎は夢中で電車のうねりが真っ直ぐになった時、奥の方の車両の方も覗くように見たりしていた。


 「ね~、もう戻ろうよ~」


アリスは不安な気持ちが溢れ、ボソッと呟いた。


「ま~な~、そうだな、お腹も空いたし」


アリスは聖一郎の返事に、ほっとした気持ちになり座席に座った。

自分が考えてるよりずっと不安だったのだ。

聖一郎もアリスの隣に座り、つまらなそうに何も見えない窓の外を眺めた。


「ま。とりあえず次の駅で折り返そうぜ」

「うん。」

 

 電車はしばらくの間、止まらず走っている。

二人はとりとめのない話をしながら、次の駅に着くのを待っていた。

あまりに長いので、少しウトウトしかけた時だった。


「ヒューーーーーン!」


電車が駅に入っていく音が聞こえ始めた。


「あっ、駅に着いたみたい」

「うし! 降りようぜ!」


 すぐに電車は止まった。 


「フーーーン」


電車のドアが開いた。


「開いた~」

「おう」


二人は立ち上がり出ようとすると、沢山の人?がドカドカと入ってきた。


「わわわ...」


人?なのか?影なのか?シルエット?

水墨画で描かれた様な人?がゾロゾロと車内に入ってきた。

目や鼻などはあるのかわからないが、人の形の輪郭の人?が入って来た。

その中には子供の輪郭のシルエット人や、大人の輪郭のシルエット人やらと沢山いる様だった。



 「なんだ! これは!」 





⑥レッドライン



 二人はシルエット人?に押し込まれて、満員電車内の真ん中に居るような格好になってしまった。

シルエット人達は静かに佇んでいて、何も喋らず立っている。

どうやら危険はない様で、シルエット人とアリスは密着してても問題はないようだ。

 その後、何駅か止まり、何駅か通り過ぎたがギュウギュウの為身動きがとれず、事情も飲み込めずにいた。

 

 シルエット人は陰みたいな黒色で、普通の人の形をしている。

そして普通に電車に佇んでいる。


「なあ、この人たち俺たちの事見えてないぜ」


聖一郎が言った。


「え? ほんと?」

「だって触っても反応ないし.......」


すると喋った聖一郎の方を、シルエット人がチラッと見たような動きをした。


「あっ、反応した!」

「聖一郎さんが喋ったから反応したんじゃない?」

「どうやら音に反応するのかな?」

 

 喋り始めた二人をシルエット人の何人かが見ている様だ。 

改札を抜けてから聖一郎以外の声を聞いていない。

ずっと静かな世界にいる。

すると、いきなり聖一郎は手を叩いてみた。


「パン!」


すぐに何人かのシルエット人がこっちを向いた。


「お! アリス。何かいっぱい見て来たぞ!」


(うわっ......)

アリスは、ゾッとした。

(なんか訳がわからないし気持ち悪い....)

  

 「ヒューーーーン」


次の駅に着いたようだ。


「フーーーン」


ドアが開くと結構な人数が降りていった。


「俺たちも降りよう!」

「うん」


降り立つと向こう側のホームに、同じ型で赤い4本のラインが光る電車が止まっていた。

   

 「聖一郎さん。この赤いので戻れるのかな~?」

「どうだろうか?」


二人は多くのシルエット人がホームから消えていく中、

ホーム上にヒントらしき標識がないか探したが、特に見つからなかった。


「ん~。何もヒントがないな~」

「どうしよう。聖一郎さん。ちゃんと帰れるのかな~」

「これ、さっきの人達が全然乗らなかったし戻りの電車っぽくない?」

「だといいんだけれど」

 

 赤く光る電車の入り口部分が赤く光り出した。


「あ! 出発するかも」

「ん~。とりあえず乗るか!」

「うん」

(大丈夫なのかな? 聖一郎さんも迷ってる....) 


ホームに取り残されるのが不安なのと、次の電車がいつ来てくれるのかわからない。

そんなことが頭をかすめ焦るように乗ってしまった。

又、車内にシルエット人が居たことが、二人きりじゃないという安心材料でもあった。 


 「カラン!」


「あ!」


焦っていたのか電車に飛び乗った時、切符を床に落としてしまった。

 すると。

電車内にいるシルエット人が、全員こっちを振り向いた。

薄い水墨画の様な黒色が少し濃くなり、目の輪郭がうっすら見て取れるようになった。

こっちを完全に見ている。

 


 「ごめんなさい....」


何となく怒られているような気持ちになり、アリスは小さく言葉を漏らした。

 

 顔を上げると、シルエット人が静かに立ち上がった。

こちらに顔を向け、じわじわと二人に近づいて来ようと動き出しているのがわかった。


「なに? なに?」


同じ車内に居る全員がこっちに手を伸ばし、ゆっくりと近づいて来る。


「なんか気持ち悪いから隣の車両に行こうぜ」

「うん」

 

 二人は隣の車両に移動しようと、一人のシルエット人の横を通り過ぎようとした。

すると!

そのシルエット人が急に、アリスの切符に手を伸ばしてきた。


「え?」


 「カラン!」


またしても切符を床に落とした。

シルエット人の黒がさらに濃くなり、目がしっかり見えはじめた。

少し顔つきも認識できる様になり、動きもしっかりしてきている。

 

 「切符を狙ってる!」


アリスは上ずった声で切符を拾い言った。


「こっちだ!」


聖一郎はアリスの手を引っ張り、隣の車両に行こうとした。

慌てたアリスは、手に持った切符を手すりに当てながら引っ張られた感じになった。


 「キン!」


手に持った切符が手すりに当り、その音が車内に響き渡った。

瞬間!

シルエット人全員の目がギラギラ光り、黒い身体がどんどん濃くなっていった。

 

  



⑦ブラウンライン



 二人は追われるように電車を降りては乗り、移動していた。


「聖一郎さん怖いよ~」

「大丈夫だ! 早く帰ろう!」


シルエット人は二人を見つけると襲いかかって来た。


(なんで? どうして? どうしよう...)

 握りあった二人の手は、汗でビショビショになっている。


「あのお爺ちゃんが切符を傷つけちゃダメって言ってた」

「なるほど。なんか関係がありそうだ」

「聖一郎さん。この電車、レーズンラインて書いてある!」

「まじか! 確か最初に乗ったのって青い電車だったよな!」


紫色に光る電車に乗った二人は、完全に迷っていてドンドン知らない駅を渡り歩いている。

 

 しかし、いくつか解ってきた事もあった。

何人かのシルエット人が襲ってきたが、一人二人ぐらいなら力が弱く、聖一郎が何とか力で押し返せている。

又、黒色の薄いシルエット人は、そんなに力がないようだ。

そして切符を傷つけると、シルエット人の黒色が濃くなり強くなっていく。


「なんで切符を狙ってくるんだろう?」

「あいつら全然、弱いから大丈夫だよ」

「うん」

「切符をこれ以上傷つけないようにしようぜ!」

「うん」

 

 

 

 「ヒューーーーーン」


次の駅に止まる音が聞こえてきた。

二人の顔色が強ばった。

滑り込んで行く駅のホームに、ものすごい沢山のシルエット人が立っているのが見えた。

 

 「行こう! 確かっ、最初に止まった駅も混んでたはずだ!」


聖一郎が叫んだ。

聖一郎はアリスの手を強く握り、ドアが開いた途端ホームに躍り出た。


 一斉にシルエット人が襲ってきた。

聖一郎は闇雲にシルエット人を殴り倒し、アリスと走った。

階段を登り、追っかけてくるシルエット人を蹴り飛ばし進んだ。

が、あまりにもシルエット人が多く、だんだん聖一郎は疲れてきた。


「はぁはぁはぁっっっ」

「聖一郎さん!!」

「くそ! 多すぎる!」

「聖一郎さん、あっち!」


シルエット人が少ないホームを見つけたアリスは必死に叫んだ。

 

 その刹那、シルエット人の一人がアリスの切符に手を伸ばした。

それを避けようとしたアリスは、もう一人のシルエット人にぶつかり、すっ飛ばされた。

そのまま地面に倒れる間際、身体ごと切符を床にぶつけてしまったのだ。


「ギギリッ!」


かなり激しく倒れた為、切符の端がチップし、少し欠けたのが見えた。

慌てて拾い上げるが、シルエット人の体が急激に濃い真っ黒になり、目が強く光り出してきた。


「あああああ!」

「もうダメだ!!」

「どうしよう!」

 

 「ヒューーーーーン」


突如、二人が逃げてきたホームに青く光る電車が滑り込んできた。


「ブルーラインだ!」


同時に叫んだが、すでに二人は囲まれていた。


「うおおお!」


ブルーラインを見た聖一郎は、最後の力を振り絞りシルエット人を投げ飛ばした。

が、真っ黒になっているシルエット人は力が強くなっている。


「がああああああ!」


 ブルーラインは静かにホームに止まり、ドアを開けた。


「フーーーン」


しかしドアまで、とても辿りつけない。

真っ黒になったシルエット人は強く、数も多い。


「くそ! 行ってしまう!」

「お願い! やめて!」


二人は叫びながらドアに近づこうとした。


 まもなく、入り口の部分が青く光り出した。


「あ~閉まっちゃう!」

「くそー!」


聖一郎は覚悟を決めた。

強引に自分の体を反動にして、なりふり構わずアリスを車内に投げ入れたのだ。


「フーーーーン」


すぐさまドアが閉まり、アリスを乗せた電車は発進し始めた。

 

 「聖一郎さん! 聖一郎さん!」


取り残された聖一郎はシルエット人の中に埋もれ、ホームの向こうに見えなくなり小さくなっていった。


(どうしよう! どうしよう!)

アリスは腰が抜けてしまい、ドアに向かってうずくまり、持っていた切符を握りしめる事しかできなかった。


「ヒューーーーーン」

 




⑧こども



 ブルーラインの車内は、最初の時と同じで誰も乗っていなかった。

アリスは頭が真っ白になり、ただただうずくまっている。


「うっうっうっ」


自然と涙が溢れてきていた。

電車は何もなかったかのように走り続けている。

 

 


 「え?」


アリスは視線を感じ顔を上げた。

目の前に!

子供シルエット人が一人立っていた。

真っ黒な子供は、うずくまっているアリスを光る目で見下ろしている。


「ハッ」


アリスは自分の口を手で覆った。


 周囲を見てアリスはビックリした。

アリスの居る車内には子供が一人居るだけだったが、

隣の車両には大勢のシルエット人が乗っているのが見えた。

反対側の車両にも沢山乗っている。

 

 (ううぅ....)

アリスは体を小さくし座席の影に隠れた。


(気づかれてない....なんで....)

子供はさっきからアリスの側を離れようとしない。

さらに、手に握っている微かに見えそうな切符を確かめてる様だ。


(これって....)

アリスは無意識に感じた。

そして、隠すようにしっかりと手の中で握りしめ直した。

  

 電車はしばらく来た時と同じように走り続けている。

(聖一郎さん....)


一度離れてくれてた子供が、又も近づいて来た。

じっとアリスの前に立ち、こっちを見ている。

 

 ふと、切符を握っている手を指差して来た。


(なに?)

さらに、アリスが握っている手を、ツンツンと人差し指の爪で突っついて来た。

まるで「隠しても無駄だよ」と言ってるかのようにしつこくしつこく。


 突然!

子供がアリスの手に噛みつき、切符を奪い取ろうとして来た。


「痛い!」


子供は切符を見つけ出した!

そして、そのまま掴み取ろうと引っ張り始めた。


「ダメ!」



 「ヒューーーーーン」


電車が駅に着く時の音が聞こえてきたが

アリスは子供から切符を奪われないように必死だ。

子供は真っ黒で力が強くなっていて、引き剥がせない!

顔を上げると他のシルエット人達も気づき、こっちを見ている!


「ああああああ! ヤバい!」


刹那!

両サイドの車両から沢山のシルエット人が雪崩れ込んできた。

 

「フーーーン」


同時に電車のドアが開いた!


「やめて~!」


アリスは子供と揉みくしゃになりながらホームに転げ落ちた。

遠くに来た時に見た綺麗な改札が見える。


「あ! 改札!」


シルエット人達も続々とホームに降り、こっちに向かって来た。


 アリスは改札に向け一気に走り出していた。

真っ黒になったシルエット人は足が早く、すぐに追いつかれそうだ。


「いや~! 来ないで~!」


改札の近くまで来たが、最初に居たはずの駅員は居ない。


「もうっ、だめ!」


先頭のシルエット人がアリスの髪の毛を掴もうとした。

アリスは構わず改札を走り抜けた。


「助けて!」



ガシャーン!

ガシャーン!

 

大きな音が響き渡り、ビックリしたアリスはスッ転んだ。

振り向くと、シルエット人達がガラス張りの改札にガンガンぶつかっている!

見えない壁があるのか?

シルエット人達は改札からこっちには出て来ない。 

いや、出て来れないようだ。

体を乗りだし、こっちに手を伸ばし叫んでいるように暴れている。

 

ガシャーン!

ガシャーン!

 

 



⑨切符



 「はぁはぁはぁ....」


アリスは訳がわからないままフラフラと歩いた。

どうやら最初に来た駅に間違いないようだ。


「どうしよう....聖一郎さんが....」

(助けを呼ばないと....)

 

 さっきまでの出来事が嘘のように静かになった構内を進んだ。


「コツ! コツ! コツ! コツ!」


恐ろしく音の無い世界に、靴の音だけが響き渡っている。


(寒い....)

自分の足音を聞きながら、ただただ来た道を辿っている。

誰もいない駅は、広く無機質な空間だ。


(なんで....なんで....こんなことに....)

アリスは一人歩き続けた。

  

 

 

 遠くの方で、微かに聞いたことのある音が聞こえて来た。


「カンカンカカン....カンカンカカン....」


曲がった先の奥の方で、来た時に聞いたあの切符を切るハサミの音がしている。


「確か....駅員さん....」


アリスは、まったく力が入らず徘徊する人の様に改札に近づいて行った。

リズミカルなハサミの音が響き渡っている。

 

 なんとか改札に着いたアリス。


「あの....」


カラカラになった喉から絞り出すように声を出した。

 

「切符を。」


駅員が慣れた口調で言い、スッと手を出して来た。


「あ、はい。」


あまりにも当たり前に言われたアリスは、思わず切符を渡してしまった。

駅員は事務的な手つきで受けとり、切符にハサミを入れた。


「あ! だめ!」


「パチン!!」

 

 

 



 

 いきなり!

音が飛び込んできた!


「ザワザワ、ザワザワ..........」


 人が沢山歩いている!

大声で話す男性も見える。

目の前に、駅の喧騒があった!

さっきまでいた池袋に、立っていたのだ。


  

 「アリス行くぞ!」

「え? え?」

「何してんだよ!」


聖一郎はアリスの手を引っ張り、池袋の改札を抜けようとしていた。


「聖一郎さん....」


アリスの後ろで、改札に入ってきた人がつっかえている。

ぐいっと手を引かれ、フラフラと改札を抜けていく。


 真夏のモヤっとした空気が顔に当たって来た。

車の走る音やクラクションも聞こえる。


「どうする? 焼き肉でも行くか?」

「あ、うん。」

「ん? どした?」

「あ、なんでもない....」


聖一郎は不思議そうにアリスの顔を覗き込み、怪訝な顔をしている。


 しばらく話し掛けてくる聖一郎の声は、まるでラジオを聞き流してるかの様に頭に入って来ない。

アリスは生返事をしながら、適当に頷き歩いている。

少しずつ現実の世界に戻ってきている事や、聖一郎が無事だった事が体に染み込んで来た。

 

だいぶ意識がしっかりして来た。


(あぁ......よかった....よかった....夢だったんだ......) 


アリスは聖一郎の手を強く握り、感触が在ること。

現実に戻って居る事を確かめていた。

安堵感が身体全体に広がり始めている。

 

 ん?

聖一郎の話す内容に、引っ掛かりを感じた! 

 

「なぁ~アリス。あの端に座ってる爺さん。何か手招きしてない?」

 

 「え?」


アリスは「ビクッ!」となり、その場に立ち止まった。

耳に飛び込んできた言葉を理解するのに、かなり時間がかかっている。


(まさか....まさか......)

アリスは恐る恐る、ゆっくりとあの時のあの場所を見てみた。

心の置き場がわからなくなりそうだ。

 

そこに!

あの男が座っていた。

男はゆっくりと立ち上がり、アリスの事をしっかりと見つめて来た。


「あ....」


目が合った!

しばらくアリスと男は見つめ合う形になっている。

アリスは目を反らすことができなかった。

胸の鼓動がどんどん激しく鳴って行くのを感じる。

 

 瞬間!

男はニコッと笑い、大きく大きく顔を横に振った。 

そして優しい笑顔で、ウンウンと頷きながら目を閉じた。 

 ボソボソと小さく呟いた。

「なんだ さっきの奴らか...無理だな....」

 おそらくアリスには聞こえない程度の声で。


 

 

「.........」

「アリス? 聞いてる?」

「.........」

「アリス? どした?」

「.........」

  

 

「聖一郎さん。 手招きなんてしてない。気のせいだよ」


アリスは、キッパリと言った。


「ん~? そうか~? ん~ま~そうだよな~」


聖一郎がブツブツと何かを言いいかけていたが、さらに遮る様にアリスは続けた。


「それよりも、焼き肉食べに行こ!」

「お、お、おう。そうだな。行こう!」


 アリスは聖一郎を引っ張る様に、外に向かって歩き出した。

人混みの中に強引に入り混むように。

しばらくして振り返って見ると、あの男は消えていた。


(居ない....)

キョロキョロと見渡したが、そこには誰も居なかった。

 

 




 二人が駅を出ると、うだる暑さが待ち受けていた。

早くも汗がにじみ出てくる。


「暑いっっ」

「あっち~な~!」


照りつける太陽を感じながらアリスは、さっきからずっと握っている「何か」に気づいた。


(なんだっけ......)

手の中には、ハサミの入った珍しい切符が、真夏の日差しを受け光っていた。

 


  おしまい

  



2作目です。

ドキドキ感伝わったのだろうか?

1作目の「ゲーム」も読んでね。

次は連載に挑戦しよっと♪

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