想像と現実は違います。
すぅーはぁー、と大きく深呼吸をする。
緊張がピークに達していた。
もしかして、お世話係なんて呼んでおいて、牢屋に監禁されるんじゃないのか?なんて、ありえない想像をしてしまったり……とにかく心境はかなりヤバイ。
ドーン!と擬音が聞こえてきそうなくらい力強く地に建つ王城。
「僕はこんな所で生活するのか……」
すこしばかりセレブになった気分もあって、緊張と同時に、浮き足立っている部分もある。
城内に入るためには、僕の身長の何倍もあるデカすぎる扉をくぐらなければいけない。
扉は守られるようにして、四人の警備兵たちが並んでいる。
ガタイも良くて、何よりイカツイ。長年ここを守ってきたぜ、って感じのオーラを醸し出していた。
僕が扉へと近づいていくと、
「おい、止まれ。許可証はあるのか?」
威嚇するように聞いてきた。
無かったらこんな怖い人たちにわざわざ近づこうなんてしないよ。
僕は昨日届いた手紙を兵へと差し出す。
「これです」
「たしかに……実印だ。どうぞ、お通りください」
急に態度変わったなあ……お客さん扱いってことなのかな?
扉を通っていくと、僕の家の何倍あるのだろうってくらい、バカみたいに広い廊下へと出た。
「お待ちしておりました。アルフィー ベケット様ですよね?」
扉を通ってすぐのところに、メイド服を着込んだ僕より少し年上といった感じの、女性が。
彼女は慣れた動きで、深く一礼する。
「あ、はい!初めまして。アルフィー ベケットと申し上げまするっ」
僕も慌てて深い礼を、同時に挨拶をしたが緊張のせいで言葉遣いがめちゃくちゃになっていた。
いきなりやらかしちゃったよ。
「そうですか。どうかそんなに緊張なさらず。この度は私の書いた素晴らしい文を読んでいただきありがとうございます。案内致しますので、私についてきてください」
「はぁ」
素晴らしく礼儀正しいというイメージが一挙に下がった。
──あのふざけた手紙の犯人この人なんだ。
しかも聞き間違いじゃなければ、素晴らしい文って聞こえたんだけど?
歩き出した彼女に続いて、僕も歩みを進めた。
城内を歩き進んで行くと、かなり迷路みたいな構造になっていて、きっとひとりで歩けば迷ってしまうな、という感じだ。
「アルフィーさん」
キョロキョロと周りを見渡していると、ふいに声をかけられる。
「なんですか?」
「私の名前はビビアナと申します。どうぞよろしく」
「あ、はい。ビビアナさんですね。こちらこそよろしくお願いします」
歩きながら軽く後ろを振り返った彼女──ビビアナさんは、無表情のまま名乗った。
綺麗な立ち姿、そしてかなり整っていて美人なのに、冷たいその表情には威圧感がある。
肩にかかるほどの艶のある黒髪からは、後ろを歩いていると時折、風にのって柑橘類のいい香りがする。
「ちなみに、ビビアナと呼び捨てで構いません。なにせ私は今日からあなたの先輩ですから」
「え?……先輩なら、なおさら……」
声が冷たく鋭いから、冗談で言っているのかどうかが判断しにくい。
僕は少しこの人との会話が苦手かもしれない……。
「いいえ。私はあなたとも仲良くしたいと思っているので。文句ありますか?」
「いえ……ありません。ならビビアナって呼ばせてもらいます」
「先輩を呼び捨てなんていい度胸してますね」
「えっ!そのすいませ──」
「──冗談です」
とてつもない氷のような無表情で言われた。
やっぱり僕はこの人苦手だ!
「そろそろ着きますよ。緊張してますか?」
着くと言われても……どこに向かっているのか分からない。
「あの、どこに着くんですか?緊張は今もかなりしてますけど……」
あんたのせいなんだけどね。
「そうですか。そこの扉を入ったとこが目的地です。ちなみに国王様の元です」
「それ直前に言います⁉︎ まだ心の準備できてないんですけど!」
僕の言葉なんかガッツリ無視で、ビビアナは扉に手を掛ける。
「心の準備なんて必要ありませんよ」
鬼かよ!
やばいどうしよう……粗相をして処刑とかならないよね?
でも王様は国民からの評判もいいから大丈夫だとは……
扉が開かれる──
「オーーッス!待っておったぞ。座れ座れいっ」
元気な声を王城内で張り上げるおっさん──もろ部屋着で堂々と王座に腰掛ける頭のおかしそうなおっさんに、僕は呆気にとられていた。
なんか、やばい人いるんだけど……
ジト目を向け、ポカンと口を開けて立ち尽くす僕に、ビビアナが声をかけてきた。
「あれが、国王です」
「……え?」
ぇえええええっ⁉︎
やばい、失礼なことをしてしまった!
僕は慌てて究極の土下座を披露する。
「申し訳ありませんっ!アルフィー ベケットと申します。先ほどの、失礼な態度をお許しください」
自分の行いに、怖くて顔も上げられず、全力で床に言葉を投げかける。
あれが王様だなんて……不意打ちすぎる。完全に不審者を発見した時の反応をしてしまった。
「顔をあげいっ。全然怒ってなどないぞ」
へ……?
顔をあげ、正座で王様を見つめる。
王様は、腹を抱えてワッハッハと笑っていた。
「面白いのぉ!気に入った!アルフィー君、今日から娘の身の回りの世話を任せたぞ?」
「はい。謹んでお勤めさせていただきます」
僕はもう一度地に頭を付け、礼をする。
すると、王様は立ち上がり、
「やめいやめい!堅苦しいのは好きではないっ。もっと、こう、だらしなくやろうではないか?」
「──はぁ」
王様とは思えないようなセリフに、僕はため息混じりの返事をする。
もう、なんというか、緊張も吹き飛んだよ。
「だらしなく……ですか」
突然聞こえてきた突き刺すような冷たい声音に、僕はそちらへと振り返る。
僕の後ろでは、ビビアナが氷の魔女みたいな鋭い目つきで、蒼い双眼を光らせて王様を見据えている。
無表情で分かりにくいが、怒りのオーラを滲ませている。
そして、綺麗な姿勢のまま、スーッと王様へと近づいていく。
「私──何度も言いましたよね?」
「ひぃっ‼︎ 」
王様、顔真っ青でビビってるんだけど!
えっと、この状況に僕いていいのかな?
「あなたは普段から気が抜けすぎていると。一体いつになれば王としての自覚が芽生えるのですか?とりあえず、最優先事項として、その服装はやめやがってください」
「は……はいっ……」
なにこれ?王様……どっちだろう。
それから、王様への挨拶?を済ませると、正装に着替えてほしいとのことで、ビビアナに自室を案内してもらった。
「では、私も自室に戻るので、着替えが済んだら声をかけてください。私の部屋は左隣、そこです」
「分かりました。早く着替えます」
「いえ、ゆっくりで構いません。私も少し用事があるので」
用事ってなんだろう?
やっぱり疲れてるから休憩したいのかな。
「それじゃ……そうします」
そして、自室へと入る──
「今日からここが、僕の部屋あーっ!…………え?」
室内は思った以上の広さで、内装もしっかりしている。
家具類はひとつひとつが高級感を漂わせ、基本的に、白が多め。
天井に据えられた金色のシャンデリアが、素朴な部屋の風景の中、かなり映えている。
見た感じ、かなり心地好さそうな部屋なのだが……
壮絶な違和感。
「…………」
「…………」
ベッドの上、掛け布団の中からヒョンと顔を出した少女がこちらを見つめている。
仲間になりたそうにこちらを見つめている。って感じだ。
「えっと……もしかして、ここ君の部屋?」
透き通った白銀の髪を、雑に頭上でくくりあげたちょんまげヘア。
雪のような色素の薄い肌に、眠そうな赤い瞳が映えている。
少女は、コクリと頷く……否──少女のちょんまげがコクリと頷く。
「あ……そうなんだ。ごめんね」
ビビアナが間違えたのかな?と思い、ドアノブに手をかけようとすると、
「違う……」
「へ?」
眠たくなるような弱々しい声が、後方からかかり、振り向く。
「ここ……リリの部屋じゃない」
リリ……?たぶんこの子の名前だと思う。
でも、さっきめっちゃ頷いてたよね、ちょんまげが。
「違うの?」
問うてみると、今度は、ぶるぶるぶるぶる──と、ちょんまげが左右に動く。
……あ、なんとなく分かったかも。
「それ髪、もしかして本当のことと逆の動きするのかな?」
「そう……」
眠そうな声で呟くと、激しくちょんまげが左右にダンスを始める。
めちゃくちゃだ……
思わず僕は、苦笑を漏らす。
「えっと、僕は今日からここで働くことになったアルフィーっていうんだ。今から着替えたいんだけど……ちょっといいかな?」
「ん……」
直接出て行ってなんて言いにくいので、そう言うと、少女は一つ頷き、髪を左右に振動させ、のそのそと布団から出てくると、裸足のままちょこちょこちょこ──と、走り去って行った。
なんて言うか、擬音語の似合う少女だった。
やっと一人になって落ち着いたところで、棚の上に用意されていた服へと着替える。
あ、コレ絶対いい素材でできてる……なんて着替えの最中に思ったりした。
着替えを済ませると、部屋の隅にある全身鏡で自分の姿を確認する。
「よし」
時計を見ると、ビビアナと解散してからまだ15分くらいしか経っていない。
ゆっくりって……正確にはどのくらいの時間なんだろう?
まあいっか。もう少し部屋の探索でもして時間を潰そう。
「とりあえず……綺麗にしとこう」
仕事の練習を兼ねて、リリって子の入っていたベッドを綺麗に直していく。
ベッドメイクってやつだな。
「意外と難しいなぁ」
直しても直してもシワが出来てしまう。
機会があれば今度ビビアナに教えてもらおうっと。
時間を見れば、25分が経過していた。
そろそろ行こうと思い、部屋を出るとビビアナの部屋をノックする。
「入ってます」
知ってるよ!トイレじゃないんだから。
「僕です。アルフィーです」
「今出ます」
「はーい」
しばらく待っていると、ビビアナが姿をあらわす。
僅かな部屋の隙間から、鼻をくすぐる良い香りが鼻腔を刺激する。
「お待たせしました。漏らさず我慢しましたか?」
「だからトイレじゃないですって!」
「冗談です」
でしょうね。なんとなくこの人の人格が分かってきたよ。
「では、参りましょうか。ところで、あだ名をつけても良いでしょうか?」
「はぁ、別にいいですけど」
これから長い付き合いになるんだ。
それもそれでアリだと思った。
歩みを進めながら、会話を続ける。
「頭文字をとって、アベなんてどうでしょうか?」
「嫌ですよ!なんか嫌です」
「ではアル君にします」
「最初からそうしてください……」
なんか、この人と話していると疲れるな。
先輩だから何も言えないんだけど……。
「あ、そういえば、僕の部屋にさっきリリっていう子が居たんですけど、あの子は?」
「またですか……」
「またって?」
呆れた風に口を開くビビアナ。
「あの子は私の妹のリリアです。リリアの仕事は絵を描くこと。この城に飾ってある絵画は全部あの子が描いたものです」
「すごいですね……」
さっきから所々見かける壁に飾られた絵画。
見た感じ凄い画家かなんかが描いたものだと思ってしまうほど素晴らしい出来のものばかりだ。
それより驚いたのが、
「姉妹だったんですね。ビビアナとはあまり似てない気がします」
ビビアナの黒髪に蒼い瞳。リリアの銀髪に赤い瞳──まるで真反対だ。
と言っても、表情とかはかなり似てるんだけど。
「私とリリアは両親の特徴をいい感じに別々に持って産まれたんです。おかげさまで私の方がこんな美人に生まれてしまいました」
「あはは……そうなんですか。納得できました」
としか言えない。
ビビアナの方が美人かどうかは置いとくとして、似着かない理由は分かった。
「さあ、着きましたよ。あのバカ王への挨拶はサブみたいなものとして、ここが姫様の部屋です。私は先に戻っていますので、アル君一人で頑張ってください」
──ウソ⁉︎
「僕……一人で?」
「はい。あなたを呼んだのは、姫様ですし。明日からの仕事についてはまた夜に説明させてもらいます。では」
言い残すと、ビビアナは来た道を戻っていく。
やばい……また緊張してきた。
とりあえず、心拍数上がってるから、落ち着いたらノックして入ろう。
「ふぅー。ふぅー」
よし、いくぞ!
緊張を抑えたつもりでいたのだが……
僕は、ノックも忘れ、そのまま手を掛けるや、扉を引いて足を踏み入れた──
「わっ⁉︎」
「きゃ──⁉︎」
ドンっと全身がぶつかり、唇が柔何からかいものと触れる。
そのまま向こうから出でこようとしていた人物と反発し合うように、互いに尻餅をつく。
正面では、絶世の美女……とでもいうべき少女が、目元を潤ませ、口元を押さえ、顔を真っ赤に染め上げて僕を見つめていた。




