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青春物語、あるいはラブコメ。

図書室の主

作者: 燈夜

 図書室の主と呼ばれる先輩がいる。

 北向きの校舎。

 薄暗い窓。

 やや狭い室内。


 そんな黴臭い一室に、自称「図書委員」の先輩はいるのだ。


 ある日の夕暮れ。僕はふと、そんな場所へ立ち寄った。

 きっかけは些細な事だ。

 部活を辞めて来た。むしゃくしゃしてた。どこか静かなところで頭を冷やしたかった。

 誰もいない場所。静かに出来る場所。

 さっさと家に帰っても良かったのだけど、取り合えず今は頭を冷やしたかった。


「珍しいね、後輩君」


 僕はその薄暗い影に驚いた。


 肩口で切り揃えられた髪。

 ややキリリとした目。

 薄い唇。

 

 こんな場所でなければ、幽霊かと思った。

 いや、こんな薄暗い場所、翳った図書室だからこそ「幽霊」の二文字が浮かんだ。

 透き通っていない。

 足がある。

 何より、僕を「後輩君」と呼ぶ桜色の唇。


 赤い上履き。上級生の証だ。

 確かに目の前の女の子の顔に見覚えは無い。

 同学年ならば気づいたはずだ。

 名前は知らなくとも、顔くらい合わせるだろうから。


 でも、この先輩の事を僕は何も知らない。


「後輩君、本を探しているの?」

「……先輩は探していないんですか?」


 われながらバカな返答だと思う。

 だけど仕方が無いじゃないか。それしか反応できなかったのだから。

 それに、始めは驚いたんだ。

 心臓が口から飛び出るかと思った。

 底冷えのする声。静かな呼びかけ。そして、小さな女の人の囁き。

 それが背後からだ。気配も無く背後からいきなり。

 驚くなと言うほうが無理なんだ。


「いや、特には……」

「後輩君はどんな本が好き?」

「え?」


 この先輩は何を言っているのだろう。

 小首を傾げるこの先輩は、どこか頭がおかしいのだろうか。

 初対面で。面識も無く。しかも異性。


「私、図書委員だから」


 理由になっていない。


「ねぇ、後輩君はどんな物語が好き?」

「ファンタジー」

「それは……ちょっと漠然としてるわね。……ちょっと待って」


 先輩は奥へ消えた。

 僕は何故だか安堵する。

 が。

 程なくして、分厚い本『ガリバー旅行記』と書かれた本を持って来きた。


「風刺が聞いていて面白いわよ?」

「あ、ありがとうございます」

「後輩君は何もかもが嫌になったのよね?」

「え?」

「どうしてって、そんな顔してるもの」


 先輩の目が温かいわけではない。どこか冷たく、観察するような目。

 だけど、僕の事を気にしているようでもある。

 僕は取り合えずその本を受け取った。


「ガリバー旅行記はね、書かれた年代の世相を風刺しているのよ? 巨人の国や小人の国、天空の城……色々な変な世界を旅するお話なんだけど、頭が疲れていて空想の翼で飛び立ちたいときには特にお勧めするわ」

「そうですか」


 どうでも良かった。

 ていうか、先輩、いい加減うざい。


「どうして僕に構うんです?」

「面白そうだったから。ほら、この学校の図書室って誰も利用しないし、暇でしょう?」


 ならば、図書委員が常駐していなくても良いのでは!?


「先輩も暇そうですね」

「私は本が友達だから」

「リアルの友達はいないのですか?」

「いるわよ?」

「え?」

「ほら、私の目の前に」

「……」


 友達認定されてしまった。

 やっぱり変な人だ。


「先輩って、図書館の主、呼ばれているんでしょう?」

「なにそれ。おもしろーい!」

「いや、みんな言ってますよ? 図書室に変な先輩が居るって。顔は良いけれど、頭が少し変な……あ、ごめんなさい」

「そうね、失礼だわ」


 先輩は唇を少し突き出して拗ねた。


「ごめんなさい」

「でも、許してあげる」

「え?」

「だって、本当の事だもの」


 笑っている。

 ああ、こんな笑顔も出来るんだ?

 この先輩が笑った顔、始めてみた。


「どうしたの? 人の顔をまじまじと見て」

「あ、いや、ごめんなさい!」

「後輩君って面白いね」

「そ、そうだ! この本はいつ返すと良いんです?」

「そうね、あなたの好きなときに。卒業までには返してね」

「あはは、善処します」

「うんうん、良い心がけだよ後輩君」


 ◇


 僕は結局借りてきたガリバー旅行記をベッドの上に寝転がりながら読んでいた。

 小難しい。

 だけど、所々可笑しい。

 不思議だ。

 これがファンタジー……。

 剣と魔法だけがファンタジーだと思っていた。

 ごめんよ先輩。


 ◇


「はい先輩、これ、読んだよ!」

「……そう」


 図書室に赴き、幽霊かと間違う先輩に本を突き出す。

 今日も影の薄かった先輩は音も無く本を受け取る。

 無表情に。


「ねぇ、後輩君」

「はい?」

「この話、読んでみてどう思った? 虚しくならなかった? 人生とは何か、命とは何かバカバカしく思えなかった?」

「そうですね……馬の国の話なんて読んでいてバカみたいでしたよ?」

「そう」

「先輩?」

「私はね、時々考えるの。自分とは何か、命とは何かって。……答えは出ないんだけどね」

「先輩の好きな本に書いてないんですか? 僕なんかより先輩のほうが色々と知っていそうだけれど」

「答えは十人十色ね。何が本当なんて、結局のところ誰にもわからないのよ。作者は空想の話を書いてる。空想の話で教訓を得ようとするなんて、バカのする事じゃない?」

「そ、それを言いますか、図書委員の先輩が」

「いけない?」

「……そうは思いませんけど」

「幻滅した?」


 上目遣い。何だというのか。


「ねぇ、後輩君。提案があるのだけれど」

「何ですか?」

「私と一緒に、そのことについて考えない?」

「え?」

「部活、辞めて来たんでしょ? 迷ってるんでしょ?」


 迷ってる。

 迷ってた。

 でも、何もかもがバカバカしい。


「そのことって?」

「人生についてよ」

「そんな大げさな!」

「……嫌?」

「っ」


 即答できない。

 先輩の目は潤んでいた。

 こういう女子の目に、僕は弱い。

 うう、女の子は卑怯だ。


「……僕でよければ」


 気づけば僕は答えていた。


 居場所を探している先輩。

 居場所を探していた僕。

 丁度いいのかもしれない。


 ここらで、友達ごっこでも始めますか。

 しばらくは、僕と、この変な先輩とで。


 いつまで続くかわからない。

 でも、終わりの無い物語。

 この付き合いも、もしかしたら終わりが無いのかもしれない。

 僕は漠然とそう思った。

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