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 窓枠に足を掛け、壁に指を掛け、蹴るように昇った。

 ウムブラと呼ばれた時は、革命軍の暗部を担っていた。

 切り立った崖を何度も昇り、木の上を飛び交い、無理を通して戦い続けた。

 うずたかく積まれた修練のお陰で、無音で屋根まで昇った。

 屋根から屋根へ飛び、屋根から壁に移り、天を目指した建物を踏破した。

 教会の屋根に上り、勾配を利用して飛んだ。

 宙に浮いた瞬間に、鉤付き縄を飛ばして、塔の屋根に引っ掛けた。

 力任せで昇り、塔に突き立てられた鼠頭の亜人の死体に辿り着いた。

 近くによるだけで吐き気がする悪臭だった。

 すぐに魔法を解除してやろう――そう思ったとき、死体の奥で何かがいた。

 俺が気づかないとは――驕りではない、相手の強さに驚いたのだ。

 俺は剣を抜いて、死体の奥にいる何者かに殺意を向けた。

「何者だ」

 闇夜に消える服装は漆黒で、同じ様な臭いがした。

「関係ないだろ」

 女の声だ。

「フラニーか」

 短刀が煌きながら飛んできた。

 瞬時に叩き落すと、殺意が交錯した。

 義賊として名高い怪盗で、金持ち相手なら無差別に奪いつくし、貧困層に金をばら撒いた。

「金持ちが嫌いだった訳でも、不当に搾取しているとも思っていなかった」――フラニーは刺激を求めて盗んだだけだった。

 一歩間違えば火刑にさらされる……そんなヒリヒリとした感覚、身体の芯から燃え上がる情熱に突き動かされていたそうだ。

「何故、名前を知っている」

「さあ、アナタの名前を知っている俺は誰でしょう?」

 フラニーは俺に忍びの技術を叩き込んでくれた師匠の一人だ。

 革命軍には早い段階から参加しており、俺が参加したときに血反吐が出るほどに鍛え上げてくれた。

 二歳上の姉さん肌で、俺を実の弟のように育ててくれた。

 革命軍暗部の二代目頭目として推薦してくれたのも彼女だ。

 だが裏切った。

 理由は分からないが裏切り、散々育て上げた弟子たちを殺し、魔王が死んだときに後追い自殺をした。

 魔王軍に行ってから短い間だったが暗部の質を改善させた。

 おかげで鳥王との闘いは熾烈を極めた。

「……さて」

 フラニーは布越しで表情を歪めた。

「好奇心で死体を見にきたら、変なことになったものね」

 俺の身体は熱くなっていた。

 彼女は裏切って、自殺して、俺が報復する機会がなかった。

 報復できる――から熱くなった訳ではない。

 俺という石ころを、切って、磨いた女と力比べをしたかったのだ。

「左目の下に涙黒子があるのも知っている」

「お前――政府の人間か」

 フラニーは布を剥がした。

 真っ白な肌と、黄金の髪が乱れ、冷たい表情が現れた。

 師匠と弟子だったが、一度抱かれたこともある。

 魔王の後追い自殺をしたと聞いたときは、少し嫉妬した。

「そうだと言ったら?」

「……死んで」

 屋根を三度蹴るように走り、一気に間合いへと入ってきた。

 昔が義賊と聞いたが、それなりに武術も会得していたようだ。

 だが革命軍で鍛えられた武術の片鱗はどこにも無かった。

 二度短刀を振られたが、手に拳を当てて封じた。

 鳩尾みぞおちに拳を叩き付けて、屋根を転がした。

「少しガッカリだな」

「なに!」

 フラニーは顔面を真っ赤にした。

 よほど悔しいようで、歯軋りをしている。

「遅い、鈍い、弱い」

 フラニーが手を少し動かした。

 手からくさびと鉄線が発射された。

 風の魔法石を鍛えて作った射出装置だ。

 壁などに打ち付けることで、迅速な移動を可能にする。

 今回は武器として使ってきたようだ。

 俺は元ネタを知っているので難なく避けた。

「馬鹿な」

 フラニーはその場でへたり込んだ。

 俺を育て上げたフラニーの見る影もなかった。

 俺が近づくと、怯えた表情を見せた。

「やめろ……」

 胸を隠すように腕を構えていた。

「いや、そんなつもりは無かった」

 疑うような眼で見上げてきた。

「捕まえるんでしょ」

 --俺の思考が間違ってました。

「あー、そっちか。捕まえる気なんてさらさら無い」

「……ありがとう」

「ちょっと腕試しをしてみたかっただけだ」

 俺は弱弱しいフラニーを見ていられなかった。

 俺だって弱いときはあった。

 フラニーにも弱いときがあったのだ。

 俺は鼠頭の亜人へ歩いて行った。

「凄い……無音で」

 俺の動きを見ているようだ。

 鍛えに鍛えた動きは、『影』の能力にも欠かせないものだった。

「すみません」

 フラニーが俺の目の前に立ち、いきなり土下座した。

「私を弟子にしてください!」


 状況が飲み込めなかった。

 かつてこれ程――ポカン――という言葉に似合う状況があっただろうか。

「私、強くなりたいんです。今は力が無いけど、力があればもっと悪い奴らを懲らしめることができるんです」

「いやいや、それは俺じゃなくても」

「いいえ、私には師匠が必要なんです」

 訂正してください、私は師匠ではありません。

「私の技術は特殊です。だから修行したくても師匠が見つからないんです」

 フラニーは最初苦労したと言っていた。

 自分なりに色々考えて、暗部――忍びの技術をイチから作り上げた。

「お願いします。謝礼なら、いくらでもありますんで」

 それは盗んだ金ですよね。

「すみません。頭が痛くなるんで喋らないで貰っていいですか」

「嫌です」

 俺は頭を抱えた。

 俺の顔も布で隠しているので、逃げようと思えば逃げることができた。

 取り合えず疫病の魔法を解除してから考えよ――俺は鼠頭の亜人の死体に手をかざした。

 魔道書の魔方陣を思い出しながら、魔方陣の影を叩き付けた。

 転瞬――死体の頭をこちらを向いた。

 疫病の魔法がかき消した。

 これで終わりのはずだったが、死体は動き出し飛び上がり、尖塔から屋根へと降り立った。

「馬鹿な……」

 前回の鼠頭の亜人は肉体が再生したために暴れまわった。

 何故死体のまま動くのだろうか……。

「疫病の魔法をかき消すとは……恐ろしい魔法使いだな」

 鼠頭の亜人が喋った。

「だが愚かだ。俺の肉体には不死者アンデッドを封じる魔法もかけられていたのだよ」

 骨の拳が屋根に叩きつけられると、屋根は爆発した。

 俺は瞬時に屋根から飛び、鉤付き縄を使い垂直に素早く降りた。

 俺の左腕にはフラニーが抱きしめられていた。

「凄いです。師匠」

 眼を輝かし、褒めてくれた。

 俺の師匠だったフラニーだったら、俺の頭を殴っていただろう。

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