表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/5

 死が二人を別つまで、ずっと一緒に生きていくつもりだった。

 俺は救世の聖女との最初の出会いを避けた。

 出会いすらなければ、別れすらないのだろう。

 その出会いの切欠きっかけは教会の尖塔に突き刺さった腐った死体だった。

 蝿がたかり、卵を植えつけられ、蛆が死肉を食らう。

 烏もたかり、蛆混じりの死肉を食らうが、腐った泉に沸く虫たちのように死肉は増え続けた。

 背中に短刀で刻まれた魔法陣が為す技だった。

 その死体は永劫に腐り続けて、魔法の込められた疫病を散布し続ける。

 信仰の象徴たる教会より、風下にいる生物を犯し続け、近隣の住民たちは一様に病魔にさいなまれた。

 元気なのは僅かに魔力を有した者達だけであったが、流通が止まり、不衛生な状態が慢性化した街には、魔法の疫病以外も多くの病気が蔓延していた。

 それは街から街へ、街から村へと広がった。

 魔力を有する親父も倒れてしまい、近隣の人達で元気なのは俺と妹のコーデリアだけだった。

「馬鹿は風邪をひきませんから」

「まったくだ」

「「あははははっ!」」

 空元気を見せながら、俺達は粛々と生活した。

 必然的にお隣さんたちの世話もするようになったが、根本的な治療は望めなかった。

 そんな時に街の占い師が、救いの導き手を見つけたのだった。

 今から思えば、すでに救世の聖女として名高かった彼女に会いに行け――というのは外れることの無い占いではなく直感だったのだろう。

 前世でも占い師に出会い、俺は救世の聖女に会いに行った。

 救世の聖女を守っている領主の考えが重なり、死体を復活させることになった。

 それが間違いだった。

 あの死体は遥か昔に死んだ魔族だった。

 鼠頭の亜人族で、肉体が再生した途端に疫病を撒き散らすのを止めて、暴力による死を撒き散らした。

 まだ子供だった俺達は自らの命を助けることしかできなくて、多くの兵士たちの死により鼠を止めることができた。

 あれは復活させるべき存在ではなかった。

 だから今回は禁術を使って抹殺することにした。

 古代人の魔道書から見つけたのは時の逆行の魔方陣だけではない。

 魔法を無力化する魔方陣もあった。

 魔方陣――というより、魔法を気脈を乱す絵と言った方が良いのだろうか。

 鼠頭の亜人の背中に叩きつけて、根本から疫病を退治することにした。


 俺達はチェック柄の襟巻きで口を覆い、疫病に感染しないように予防した。

 人通りの少ない街道を、体力を温存しながら歩き、力尽きないように何度も休憩時間を取った。

 乾燥した肉を薄く切り、硬くなったパンと一緒に食べた。水と柔らかくしながら少しずつ胃の中に入れた。

 分かれ道――俺は死体のある街を目指した。

「救世の聖女に会いに行かなくて良いの?」

 もう一つの道の先に救世の聖女がいる街がある――次期魔王で俺の恋人だった女だ。

「大丈夫だ。考えがある」

「本当に大丈夫?」

「大丈夫だ。俺がわざわざ嘘をつく必要があるか」

 コーデリアが足を止めた。

「本当におにいちゃん?」

「そうだよ。何だよ」

「何かあったの? 最近様子が変だよ」

「大人になったんだよ」

「変だよ。今の返し方も……」

 俺は妹を無視して、歩みを進めた。


 街に辿り着き、門を通過するのに手形を見せた。

 街の商人が作ってくれた代理の手形だ。

 無事に通過すると、教会の尖塔に死体が突き刺さっているのが見えた。

 疫病だけではなく、視界も毒してくるようだった。

 俺が急いだのには理由があった。

 鼠の亜人を殺したのは、多くの兵士のお陰だが、その中で外せない男がいる。

 『車椅子の騎士』と呼ばれた初老の男だった。

 名前はシミオン。後に革命軍に参加して活躍をしたが、魔王との戦闘で惜しくも命を散らしてしまった。

 彼の恐ろしいところは、豪腕と天性の剣術にあった。

 鼠の亜人を殺したのが、彼が最初に剣を握った切欠きっかけだった。

 彼は昔から物臭ものぐさで、流通が滞った街でごみ以下の暮らしをしていた。

 時代が風雲急を告げなければ、ごみ以下の暮らしで終わっていただろう。

 彼は底が擦り切れた靴で歩き、魔法の疫病を気にせず、なけなしの金で買える食料を探した。

 その時、錆びた金属の欠片で足の裏を切った。

 破傷風になり、すぐに足が使い物にならなくなった。

「丁度良いと思ったんだ」

 膝から下を切り落として、毛を処理して、調味料で味付けして食ったそうだ。

「美味かったぜ。飼い犬にも食わせたし。あはははっ」

 これが革命軍の主力である。

 そして歩けなくなり、家で篭っている時に、鼠の亜人と戦闘になったのだ。

 そして、戦闘能力が開花した。

 人生とは分からないものだ。

 俺はコーデリアに宿を探させて、夕方までには戻ると言って、シミオンを探した。

 水路の近くの椅子に、シミオンは深く腰をかけていた。

 両足はまだあった。

「あー、死にたい」

 腹から地震のような音が鳴り響いた。

「腹減った。死にたい」

 シミオンの目の前に溝鼠が横切った。

 彼の指が椅子を摘まんで、木のささくれを取った。

 眼にも止まらぬ速さで木を投げて、鼠は串刺にされた――が、勢いあまって水路に落ちてしまった。

 水路は排泄物混じりの臭いが浮かび上がり、とても食えそうに無かった。

 だが、彼は真っ裸になり水路に飛び込んだ。

 死んだ鼠を大事そうに撫でて、水路の水で綺麗にしていた。

「なあ、シミオンさん」

 俺が見下ろしていると、シミオンが見上げた。

 俺が出会ったときは豪快な印象があったが、戦闘経験の無いシミオンは物腰が柔らかだった。

「前にあったかな?」

「ええ、前世で」

「ああ?」

 俺はシミオンの家まで行って、数日分の食料と剣を置いていった。

 シミオンは訝しそうにしていたが、背に腹はかえられないのか黙って好意を受け取ってくれた。

 その夜、コーデリアが寝静まってから俺は行動を開始することにした。

 前世では手も足も出なかったが、今回は自信があった。

 俺は屋根に上がり、教会の尖塔を目指した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ