表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/5

 夜が更け、星霜せいそう驟雨しゅううのように降り注いでいる。

 大地を穿うがとうと流れ星が落ち、空気がぜるように虫が飛び交った。

 手の甲に虫が止まり足と羽をゆっくり動かす、止まり木では無いのを悟り、夜の闇に飛んだ。

 俺は気配を断ち、臭いすら放たず、精神を安定させていた。

 唯一の障害は、罪の無い者を殺すことだ。

 俺の最初の標的は、この地域の領主だ。

 時間を戻してから、俺は毎日訓練をして、肉体の力を蘇らせようとしている。

 長年の戦争で鍛え上げられた肉体は、時間が戻ってから一番影響を受けた。

 貧弱だった少年時代が恨めしかった。

 お陰で最初の標的を狙うのに時間がかかってしまった。

 だが『ウムブラ』と呼ばれた俺の力は肉体だけでは無い、影の能力は弱々しくなったが、無理をすれば禁術も可能だった。

 だが時を戻す禁術を使った影響は出ていた。

 胸に黒い大きなあざが浮かんでいた。

 やはり禁術は負荷が大きいようだ。

 あと何回時を戻せるのだろうか。

 だが身体が朽ちるまでに世界を改変させてやる。

 上等だ。

 時を戻せるだけ、俺は幸福だ。

 たとえ俺が死のうと、世界を変えてやる

 俺は樹に背を預け、後ろの道を領主が来るのを待った。

 領主は居城から禁猟区へ移動するところだ。

 警護は多いが、夜の闇は隠れるのに十分すぎるほど満ちていた。

 後々に魔王に寝返る領主だった。

 次代の魔王となる救世の聖女を俺から連れ去り、俺が革命軍に入るきっかけを作った出来事だ。

 聖女は俺と出会うよりも早くに領主と出会っていて、その特殊な力を評価されていた。

 救世の聖女は癒しの力を持っている。

 数千の命を救い、数万の命を奪った聖女にして――次期魔王だった。

 救世の聖女を浚った男を殺す。

 だが――今に罪は無く、後に罪がある。

 そして裏切りは、まだ起きていないのだ。

 平穏な心に、雑音はそれだけだった。


 闇夜の光帯が美しく、死人の魂を洗い流そうとしている。気配を探りながら、ウツラウツラとしていると、前世の死人たちが俺の足に絡みついてきた。

 思い出すたびに心臓が痛み、耐え難い苦しみで死にそうだった。

 だが、この世界で俺が苦しみを摘んでやる。

 摘めば、死人の魂は助かる。

 馬の足音が響き、人の声がざわめいている。

 来た――。

 なんて楽しそうな会話だ。

 それは平穏そのもので、美しい日常の会話だった。

 俺の脳が殺意を錆び付かせて、剣を抜くのを躊躇わせた。

 決心がつかないまま、俺は好機を失ってしまった。

「駄目だ」

 俺は罪の無いものを殺すほど人間性を失っていなかった。

 樹の陰から出て、領主たちの後姿をみると、そこには次代の魔王となる聖女がいた。

 前の人生では、この時まだ出会っていないが、昔話を聞いていて近くまで来たことがあるのを知っていた。

 俺は時間逆転を行おうと思ったが、体に負担がかかり過ぎるので後をつける事にした。

 本当だったら移動中に襲撃をしようと思っていた。

 禁猟区を見回っているときは、領主たちは周囲の獣を警戒しているので、突然の襲撃はできないと思ったからだ。


 襲撃をしたのは、禁猟区に入る前だ。

 鞘から剣を抜き、近くに居た兵士に鞘を叩きつけた。

 鞘は粉砕して、兵士は崩れ落ちた。

 突然の襲撃に領主たちは騒ぎ、馬を混乱させた。

 混乱した馬は取るに足らない。

 足を狙い、肉体を縫うように動き、次々に足を斬った。

 元来馬とは臆病な生き物だ。臆病を御するのは騎手の実力による。

 救世の聖女の馬は切らなかったが、馬の尻を蹴ると戦場から走って逃げていった。

 領主を睨むと、臆病な馬をなだめて、俺に向ってきた。

 俺は混乱している馬の陰に隠れながら、俺の影のそのまま残した。

 領主は俺の影を斬り付け、手ごたえが無いのに驚いた。

 俺は領主の馬の足を切り抜いた。

 足は物の様に倒れて、領主は地面に落ちた。

 俺は領主を見下ろした。

「何故?」

「貴様の未来に罪がある」

 俺は剣を振り下ろした。

「駄目」

 剣は領主には落ちず、目の前に割り込んできた聖女の鎖骨に落ちた――止まった。

 殺意のこもった打ち下ろしは瞬時に止まった。

 視線が交錯した。

 俺を見つめる眼には恐怖しかなかった。

 俺の目の前が真っ赤になり、視界が溶けたようだった。剣を抜き、周りの連中を切り倒して、よろよろと退いた。

 殺意が後ろから飛んできた。

 俺は地面を転がり、近くの兵士を切り倒した。

 殺意は矢となり襲ってきた。

 その矢は俺のいた場所を通過して、救済の聖女を貫いていた。


 気づいた時には、俺は樹の陰に隠れていた時間まで戻っていた。

 口の端から血が流れて固まっている。

「殺してしまった」

 聖女は覚醒しきっていない、一般人の少女と体力は同じと考えていいだろう。

 あのままでは確実に死んでいた。

 胸の痣はさらに黒くなっていた。

「最悪だ……」

 俺は領主と聖女が離れ離れになるのを狙うことにした。

 そうなると眠った後だ。

 だが、眠っている時は警戒も厳しくなっている。

 俺は禁猟区に先回りして、館へと先回りした。館の鍵が無いので中に入れなかったが、誰かがいる気配はあった。

 俺は領主たちが来るのを待ち、鍵が開いた隙をついて中へと入った。

 玄関には背を向けた兵士がいた。

 俺は部屋の角に行き、目の前に俺が居なかったときの部屋の角を映した。

 兵士は後ろを振り向いたが、そこには誰もいなかった。

 俺は悠々と兵士の動きを見て、館の中を探索した。

 探索して気づいたのは、この館には静養中の領主の母親がいたことだ。

 救済の聖女の癒しの力で、肺の病を治そうとしているそうだ。

 親孝行な領主だが、俺の毒牙は彼の命を奪おうとしている。

 部屋の中に先回りして、眠っている間に濡れた布を顔にかけた。

 息ができなく暴れながら起きたが、俺が身体を抑えた。

 咄嗟に布を取っていた。

 領主の脈を確認すると気絶していただけだった。

 布を片付けて、暴れた形跡を消した。

 俺は慎重に扉を開いて、音をたてずに玄関まで向かった。

 玄関の前には兵士が立っており断念した。

 誰もいない部屋を探して、窓を開けた。幸い音が出ずに、屋根の上に出ることができた。

 地面へ飛び下りて、近くの樹の陰に隠れた。

 見回りの兵士が音を聞きつけたが、俺はそこには居なかった。

 殺すことができなかった。

 俺は家へ帰る前に、何度も嘔吐した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ