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 ――終わりの始まりの話をしよう。

 それは最後の戦いの話だ

 俺が最悪の選択をしてしまった時の話だ。


 革命軍と魔王軍の最後の戦いは個人戦となった。魔王が宮殿に結界を張り、革命軍の侵入を阻んで篭城した。結界の内側に入れるのは、結界を破ることのできるほどの力を持つ者だけだ。

 力の坩堝るつぼと化した結界の内部は、死が渦巻く最果ての地と化していた。


 俺の目の前に巨大な鬼がいた。

 記憶が定かでは無いが、随分長い間闘っていた。

 最後の一撃は、死角に入ることで決まった。

 ヌルリ――剣が骨を破断する。

 血肉が飛瀑して、呼吸すらままならなかった。

 返り血を浴びるなんて久しぶりだった。

 それほど疲れていた。

 急所を外して一撃必殺する余裕はなかった。

 俺は結界の中で戦っていた。

 結界を破る力を持つ者――選ばれた者の中に俺はいた。

「悪いな」

 俺が切り捨てた鬼に下敷きにされた仲間がいた。手を引っ張ると、身体はついて来なかった。しばらくして思い出した。仲間は魔物にすでに殺されていたのだ。

 怒りで死闘を繰り広げた。

 記憶が吹き飛ぶほどの緊張感だった。

 紙一重で命を拾った。

「あー、死にたくない」

 俺は選ばれたく無かった。

 こんな戦いになるはずじゃあ無かった。

 妹も死に、親も死に、仲間たちも死んだ。

 俺に残されたのは、青春をともに過ごした恋人だけだった。

 恋人を助けるために、俺は戦いを始めたのに――。

 小川の果てに大海があるように、死が渦巻く世界に行きついてしまった。

 革命軍の中には俺より強い連中は山のようにいたが、数々の激戦の中でふるいにかけられてしまった。

 俺はここにいる資格があるのだろうか?

 振り返ってみても生き残った連中が何故生き残ったか分からない。

 肉体と精神が両立した戦士たちは死に、俺のような半端者が生き残ってしまった。

 半端者でも強くなる。

 最初は至弱だったが、今では歴戦の戦士だ。

 臆病だったから生き延びた。

 臆病だったから強くなった。

 気づいたときには、魔王軍から『ウムブラ』と呼ばれるようになった。


「生きていたのか?」

「道下」

 『道下』は白い仮面をつけ、旅芸人のような派手な格好をしていた。影と比べたら、太陽のように目立つ存在だ。

 だが――その剣の冴えは革命軍随一だった。

 道下は後ろから襲ってきた機械仕掛けの魔物を、振り向きながら白銀鋼ミスリルの剣で真っ二つにした。

 剣の筋は最短距離、最速の一撃を与えた。

 道下の体幹は強靭で、力比べをして負けることは無かった。

美事みごと

「へへへ、照れますなぁ」

 道下は剣の血を払った。

「他の皆はどうした?」

「知らない。誰も後を追って来なかった」

 味方も、敵も極端に少なくなった。

 終わるときとは、こう言うものなのだろう。

 お互いが殺し合い、能力がある者だけが死んでいった。

「まさか俺たちだけか?」

「まさか……でも」道下はへらへら笑いながら言った。「最前線だな」

 ここが歴史の最前線だった。

「行くしかないか」

「その通り、魔王が待っているぞ」

 道下は俺と魔王の関係を知っていた。

「終わらせよう」

「ああ、行こうか」

「うん、行こう」

 俺は道下と一緒に先へと進んだ。


 俺もそうだけど、道下も数奇な運命から革命軍へと流れ着いた。

 貴族と一緒に革命軍に参加して、主人が無くなってからも人々を笑わせながら従軍、ついには革命の主導者だった勇者から形見として白銀鋼ミスリルの剣を譲り受けた。

 才能の在り処は誰にも分からないのだろう。

 それは本人にも分からないことだ。

 だから人生は素晴らしいのかもしれない、同時に最低なものでもあるけど……。

「来る」

「ああ」

 影は瞬時に、身を隠した。

 道下は仮面の下でケタケタと笑っていた。

「お前たちが一番乗りか」

 獣王――魔王軍最後の大物で、最強だ。

「獣王か……荷が重いな」

 俺は柱の死角に隠れて、道下は勇者の剣を構えた。

 闘いの型だから仕方が無いが、俺は味方の影で闘うことしかできなかった。

 正面から堂々と闘えば、俺の力では押し負けてしまう。

 だから――生き残ったのかも知れなかった。

「最後くらい正々堂々と闘うか」

「無理はしないほうが良いよ」

 道下が忠告してくれた。

「なーに」

 俺はウムブラの力を行使した――俺の周りに、俺の分身が五体現れた。

分身アルテル・エゴ……と言ったところかな」

 俺は分身と同時に駆けて獣王へ殺到した。

「行くぞ」

「来い――」

 道下は下品に笑いながら、一撃必殺の構えを取った。

 俺が撹乱して、道下が終わらせる。

 そういう作戦だった。

 記憶が再び吹き飛んだ。

 極度の緊張状態が続き、気づいた時には三者三様で血塗れになっていた。

 分身もすでに消えていた。

 影に力を回す余裕がなくなっていた。

 道下は低劣な笑いの才能を持ち、至高の戦闘の才能を持っていた。

 俺の剣も獣王の血で塗れていたが、白銀鋼は大量の血潮がついていた。

 獣王の動脈を何度か切り裂いたのだろう。

 俺は剣を杖代わりに深く呼吸をした。

 そうしなければ倒れてしまいそうだった。

「じゃあな、あの世で仲間たちに土下座しろ」

 道下はフラフラと近付き、とどめの一撃を振り下ろした。

 獣王の口から切ない悲鳴が聞こえた。

 道下はニコニコと笑いながら、ゴボゴボと血を吐いた。

「助かった」

「何が……」

「撹乱してくれなかったら、絶対に倒せなかった」

 いや――それしか出来なかったのだ。

 それが悔しかった。

「これを……皆の想いを受け取ってくれ」

「ああ、分かった」

 強靭な白銀鋼ミスリルの剣には獣王の冷めた血潮がついていた。

 革命の象徴が俺の手に渡った。

 最後に手にしたのは俺だった。

 俺の背後で、獣王が死んでいた。

 俺たち二人だけで獣王を打ち倒した。

 獣王は現在の魔王軍では最強だった。

 二対一とはいえ倒したことは、武人であれば名誉あることだろう。

 だが俺達は本質的に武人ではなかった。

 だから名誉とは寒々しいものだった。

 獣王は口の端から血混じりの涎を流し、傷口から止め処なく血が流していた。

 眼があべこべの方向を見ている。

 魔王軍の古株で、先代の魔王が死んでからも忠誠を捧げ続けた王が死んだ。

「やっぱり強かったね。これで終わりか……」

 道下の服を脱がせて傷口を検めたが、刃を重ねた剣の傷口は恐ろしいものだった。

 縫合するのも難しいだろう。

 膨らんだ胸が痛々しいほどに裂けていた。

「お前……女になっていたのか」

「ん? ああ、随分と前にな」

 道下は人間ではなく夢魔だった。

 そのため性別がコロコロと変わる。

 女として精を受け、男になり精を放ち、夢魔は個体数を増やしていくが、自らの性別を変えるのは意思ではなく恋によるものだった。

「こればっかりは、どうにもならないからなぁ」

「喋るな」

「本当だったら、私が終わらせてあげたかったが……」

「あまり喋るな。死ぬぞ」

「もう良いんだよ……終わらせることが出来なかったのが心残りだ」

 道下の褐色の胸が弱々しい音をたて、細々と血流を送り込んでいる。表情は憔悴しきり、瞼が細かく震えている。呼吸音は隙間風のような音をしていて、数秒ごとに衰弱しているのが分かった。

 死ぬのだろう。

 俺は手を握り締め、体温で温めようとした。

 仲間たちが皆死んでしまった。

 同じように皆死んでしまった。

 魔王殿の外にいるのは烏合の衆で、俺が魔王に殺されてしまったら掌返しをして、魔王軍へと寝返るだろう。

 もう……俺しかいない。

「ありがとう」

 とくん、最後の鼓動を感じて、俺はその場を離れた。


 魔王殿を独りで歩くと、足音が反響して、不安な気持ちを加速させた。

 強者いない空間、雑魚すらいない回廊は不気味だった。

「魔王……俺が来たぞ!」

 何度か大声で呼びかけながら歩いていると、玉座の間に辿り着いた。

「そんな大声を出さないでも待っていたよ」

「久し振りだな」

 現魔王が玉座に浅く腰をかけて待っていた。

 俺の後ろの扉が音を立てて閉まり、玉座の間で二人っきりとなった。

 魔法によるものだろう。

 だが、魔王には攻撃系の魔法は殆ど扱えなかったはずだ。

 数年ぶりの再会だが魔王も少しは変わったのだろう。

 柔らかな雰囲気を無くしておらず、変わったのは服装だけのように見えるが、魔法の扱いは少しだけ上手くなったようだ。

 貝紫色ティリアン・パープルに金糸で織り成した服、漆黒のような色をした鎧で身を包んでおり、先代の魔王と比べて見劣りはするが魔王然としていた。

「私を殺せば終わりよ」

「……俺は」

「あなたが来たら抵抗はしない――って考えていたのよ。だから早く殺して」

 剣を持つ手が細かく震えて、俺の意志を殺ごうとする。

「何を躊躇っているの?」

 魔王は近づいてきて、白銀鋼の刃を掴み、剣先を胸にあてた。

「私は死にたくなかった。だから前の魔王を殺すしかなかったのよ」

「今からでも……」

「もう遅いよ。あなたは外にいる烏合の衆をみくびっているわ。あの連中は分かりやすい、筋の通った物語を求めているのよ。そうしなきゃ収まりがつかないわ」

 魔王は鎧の割れ目から、自らの身体に剣を刺した。力が無いため、胸に中途半端に突き刺さり、顔に苦悶が広がった。

 駄目だ……。

 駄目なんだ……俺はお前を殺したくない。

 俺は魔王の身体を支えながら、耳元で囁いた。

「無理だよ」俺は剣を離して、手を掲げた。「俺はこんなことをするために生きたんじゃあない。皆死んだし、俺だけが生き残ってしまった。こんな未来のために戦ったわけでは無い。だから……」

「何を?」

 俺は古代人の魔道書から発見した魔法陣を展開した。玉座の間の壁、天井、床に魔法陣を描かれ、俺たちの周囲に魔法の波が広がった。波が俺たちを包み込み、結界と衝突しあって地鳴りが起きた。

「これは? 何を……」

「俺たちが出会ったときを覚えているか?」

「覚えているよ……」

「戻ろう……あの春まで」

 俺たちの周囲で竜巻が起きたように崩れ始めた。物質だけではなく時空すら掻き混ぜて、左にあった物が右にあり、上にあった物が下となった。

「時間反転の魔法っ……」

「禁制の魔法だ」

「こんなことをしても何もなら無いっ! また同じことを繰り返すだけよ!」

「だが、今よりは悪い結果には……させない」

 絵を上下左右に切り刻み、何回も撹拌して繋ぎ合わせたように見えた。聞こえた。感じた。そして時間はゆっくりと止まろうとした。

 凍てつくような空間……。

 温かだったのは唇だけだった。

 魔王が――昔の恋人が最後に別れの口付けをしてくれた。

 そして、時間は逆行した。

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