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自殺談義

作者: たかむし

一度だけ、その変な会合に参加したことがある。僕自身、病んでいたためかもしれない。

その日の僕は少しだけイカレていた。

頭のネジの大事な部分が壊れていた。

腕のいい玩具屋に何日も修理に出したままだった。

もう、仕上がっていたかもしれないが、僕は受け取りに行こうとはしなかった。

そんな不完全なままの僕は腹が減ったので近所のコンビニに出かけた。

店内に入って、僕は違和感を感じた。僕は本当にここに存在するべき人間だろうか。

咄嗟にそういう言葉が体中を走り抜けた。細胞が蠢く音が聞こえる。


最近の僕には生活感が無かった。

一人暮しのあのアパートで空中に浮き彷徨う埃のように

僕はふわふわしていた。

頭の中は大事なネジが無いこともあり、空っぽに近かった。

何をしていたろう。

ただ、現実の世界のくだらなさに嫌気がさしていた。

来る日も来る日も何かに反感を覚えてはくだらないと考え、哀しくなってはふて寝した。

そう言えば、学校へも行ってない。友人との連絡もない。

それもそのはず、携帯電話の電源は切れたままだ。

僕の今の部屋は沈黙だらけだった。

だから、このコンビニの賑やかさに僕の体がついていいないのだ。

空腹感も忘れ、結局何も買わず、コンビニを後にした。


早く、家に帰ろう。僕はここで生きてはいけない。

そう思うと足の動きがいくらか速くなった。

モノクロの世界が目の前に広がる。

悪魔の歌が聞こえてくる。頭が痛くなった。ネジが欠けた部分が特に痛み出した。


視線を地面に移したとき、ふと目にとまるものがあった。

僕はそれを拾い上げた。薄いピンク色の小さな紙切れだった。そこにはこう書かれていた。

『故障したら、ここにおいで。ここにくれば正常になれる。

 破壊されたら、ここにおいで。ここにくればない部品はない。』

僕には意味がよく分からなかったが、呼ばれているような気がした。

『ここ』の場所を示した地図が小さくその文章の横に記されていた。

今いる場所からそう遠くはなかった。

僕は『ここ』に行くことにした。


いつのまにか僕はその地図に示された場所に来ていた。

そこにどういう道のりを経てきたのか記憶の破片さえなかった。

ただ気が付くと、そこには見慣れない風景が存在していた。

不思議の国のアリスになった気分だ。

愕いたことにそこには何にもないのだ。

生活感というか、人間たるものが生きている証拠というか、とにかく現実のもではなく、本当に不思議の国かもしれない。

いや、あんな華やかなものではない。

少し古ぼけたアリスの国。使用済みのアリスの国。そんな感じだった。

しかし、地図の示すところは、まさしくこの異世界なのだ。

小さな路地を抜けたところに『ここ』は存在した。


古びたビルの立ち並ぶその空間は偽り物の様に見えた。

もしかすると何か映画のセットかもしれない。

そんな違和感がある。本物のビルではない。

しかし今の僕にとってはそのほうがよほど心地よかった。


「ようこそ」

突然、背後には小さな男が立っていて、そう呼びかけた。

僕はびっくりした。急な登場にもだが、その小ささにもだ。

顔はいやに老けているのに、体だけがやけに未熟で子供だった。大人と子供が融合していた。

「ここでは常識は通用しないのだよ」

男は言った。僕は何も言わなかった。それでも男は喋り続けた。

「貴方はここにもっと早く来るべきだったのだよ。

ほら、体のあちらこちらが腐りかけている。気がつかなかったのかい?頭のネジだけではなかったのだよ。さあ、入りたまえ。皆が待っている、会議が始まる」

「会議?」

「自殺会議」

僕は少し動揺した。

今、この男の言った言葉をしっかり受け止めるには少し時間がかかった。

とんでもないことに巻き込まれたのかもしれない。僕は後ずさりをした。

すると、いつのまにか周りにはその男と似たような奴らがズラリと勢揃いしていた。

やけに気持ちが悪い集団だった。

「ここでは常識は通用しないのです。最初にそう言ったでしょう?」

僕は生きていく勇気もなかったが、死ぬという勇気もなかった。

でも、まあ、その勇気のどちらかを与えてくれるならば、それもいいかとも思った。

「もうすぐ、時間です、行きましょう」

今までにない異様な邪悪な空気を感じる。

それでいて天使の羽を思わせるような優しさを所々に含んでいた。

生きている実感がなくなりそうだった。

埃だ。

いつもの僕のもっている空間にそれは似ていたのかもしれない。


気味の悪い小さな大きな集団に僕はついて行った。

周りの景色は相変わらず現実離れをしていて、頭があまり働かなくなっていた。麻痺していた。

本物と偽者の入り混じった環境の中で、どうやって正常にいられようか。

僕の目玉は目玉として今は機能してないようだった。

また、ひとつ、部品が壊れた。修理してくれるのだろうか。

とにかく、目隠しに近い状態の僕は彼らについて行った。そうするしかなかった。

気が付くと大きな門が前方に見えた。

何処からわいてきたのか霧がそこら辺の景色を覆い隠していた。

ああ、目玉を治してもらわなければ・・。

その門をくぐり抜けるとまた同じような門が続いていた。

門、門、門。

一体どれだけの門を抜ければ会議場に着くのだろうか。

半ば呆れた頃、扉が見えた。

しかもとてつもなく小さい。気味の悪い集団はその扉をあけた。彼らはどんどん入っていく。

その時、僕はここから入れるのだろうかと思った。後ろにいた男の一人が呟いた。

「あんたは大きすぎるのさ。もっと小さくなったほうがいいよ」

と軽軽しく言った。そんなことを言われてもなあ、と思った。

しかし、ここでは常識が通用しないと言っていたことを思い出した。

僕は試しに常識では考えられないことを考えた。体が小さくなればいいのに。と思い込んだ。

その考えは成功した。

僕の体は見事に縮んでいたのだ。

体だけが小学生の僕になっていた。

その時、ああ、そうか、と思った。

奴らはだから、顔が老けているのか・・ここに入るために。

小さくなった僕は奴らにまたついて行った。

そして入ってすぐの部屋の中央に長いテーブルがひとつあるのが見えた。

そのテーブルを囲んで青白い顔の人々が座っていた。

小さな男が僕に空いている席を勧めた。僕は何も言わず、その椅子に腰を下ろした。

「では、会議をはじめます」


唐突にその会議は始まった。何のことを話しているのか、僕にはよく理解できなかった。

テーブルの一番端に座っている太った女がこの会議を仕切っている。

順番に小さな男を指差し、意見を述べよ、と言う。

男は立ちあがると英語だか、フランス語だか、よく分からない発音の言葉を吐き出す。

その中で聴き取れた日本語らしき言葉は「ジサツ」だとか「ウツクシイシニカタ」だとか、「トビオリ」「クビツリ」・・そんな感じのとにかく死にまつわる言葉が聞こえた。

指を差された男達に共通していたのはその言葉の集団だった。

とにかく、彼らは「死にたい」らしい。

同じことが何度も繰り返された。

女が指し、男が答える。女が指し、男が答える。

僕はそのくだらない反復を見ていた。

そして、まさか、自分が指差されようとは思ってはいなかった。

女が僕のほうを見て少し眉毛をつりあげたのが分かった。

僕はその微妙な変化に体を凍らせた。

「アナタのバンです。イケンをドウゾ」

そう聞こえた。日本語?僕は黙ったいた。男達の視線を感じる。痛いくらいの視線。

「アナタのバンです。アナタのバンです。アナタのバンです」

女が繰り返し言う。そのあと追うように男どもの視線が強さを増す。

僕は立ちあがった。

「僕は今日はじめてここに来ました。イケンと言われても困ります」

女が笑う。男達も笑う。

僕はいやな気分になった。怒りではないがそれに近い感情。なんといえば言いのだろう。

僕はまた、黙ってしまった。

ひとりの男が言った。

「今日はじめて?今日はじめて?でも部品を取りに来たのではないのですか?」

僕はなんて言えばいいのか分からなかった。部品を取りにきた。ここに?

僕はここに預けていたのか?いや、違う、アレは『ここ』には預けていない。

僕は何故ここにきたのだ?記憶は完全に破壊されていた。その時、気がついた。

『ここは故障を直してくれるところではない。ここは破壊の場所だ。』

周りの連中が気味悪く笑い出した。気がついた?気がついた?

「アンタ達は狂っている。僕以上に狂っている。ジサツ?綺麗に死にたければ勝手にすればいい。

僕にはここでは生きていけない。

いや、死んでしまえないといったほうが正しいのかい?

何故、僕がここに来たのかは分からない。でも、僕はあんた達といっしょにされたくはない」

正常?正常?お前は誰だ・・?という視線が漂う。

そうだ、僕は何をしに来たのだ?『ここ』はなんだ?

「アナタは不必要だ。『ここ』にいらない人間だ。誰だ、『ここ』に連れてきたのは?」

「不必要?それはアンタ達だよ」

言葉の魔法が放たれた。その時の奴らの顔といったら、笑いをこらえるが辛いくらいの情けないものだった。


部品が装着された。戻ってきたのだ。僕は正常になったのかもしれない。

そう、思った瞬間に僕は元の位置に戻っていた。

コンビニのある通りに僕は一人立っていた。先程のモノクロの世界ではない。

明るい光がある。

僕は足元を見た。紙切れが一枚落ちている。

『部品受取証  あなたは正常になりました。ご利用ありがとうございます。』


人はいつでも狂うことがある。

その中で本当に狂ってしまうか、または正常に戻るか・・

僕はあの会議に参加してよかったと思う。

もしも、今の世界に戻って来れなかったらどうなっていただろう?

僕も奴らと同じように美しい死に方について熱く語っているのだろうか?醜い格好になりながら?


人はいつでも自分を見失うことがある。

その中で本当に見失ってしまった奴らが自殺談議に参加し、

迷宮の中に潜んでしまうのかもしれない。


もしも、誰か周りの人間が消えてしまっていたら、

その人は自殺談議に参加しているのかもしれない。

とても熱く語り合いをしているのかもしれない。


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