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三分間でできること

作者: 裏山おもて
掲載日:2014/01/10

 


 会社からの帰り道、僕は、猫を拾った。



 社会人になってひとり暮らしを始めた。

 数年経ち、会社にも慣れてきたころ、ふと道端でみつけたのはどこにでもいるような雑種だった。

 寂しさを紛らわすために飼おうと思い、ダンボールの箱に入れられた猫を拾い上げる。

 うす汚れたグレーの毛並み。栄養が足りてないのか、すこしやせ気味だった。これといった特徴はなかった。

 だけど、その猫はほかの猫と違うことができた。


「よろしくニャ、ご主人様」


 人間の言葉を喋る猫だったのだ。




「なあご主人様、なんで人間は〝三分〟が好きなんだ?」

「え? ……さあ、なんでだろうね」


 ある日僕がカップラーメンを作っていると、猫が言った。


「カップめん、わざわざ三分かけて作る必要があるのか? 一分でも作れるって、聞いたことあるぞ」

「ちょうどいいからじゃない? いろんな目安になるんだよ、三分って」

「そういうものか?」

「そういうものだよ」


 僕が言うと、猫は納得がいかないように唸った。


「でも二分って大きな違いだと思わないか?」

「そう?」

「そうだぜ。ご主人様は、二分あればなにができる?」


 二分あればできること。

 僕は腕を組んで悩んだ。


「取引先の相手に美味しいお茶が淹れられるかな」

「それは大事なことか?」

「大事だよ。すごく大事だ。社会人としての礼儀だよ」


 僕が自信を持って言うと、猫はうなずいた。


「おっけい。ほかには?」

「髪をセットできる。寝癖を直せるね」

「それは大事なことか?」

「大事だよ。身だしなみはマナーだからね」


 僕が胸を張って言うと、猫はうなずいた。


「なるほど。ほかには?」

「猫缶をお皿に盛ることができるよ」

「それは大事なことか?」

「猫、きみにとってはどうだい?」

「そうだな、すごく大事なことだ」


 僕たちは笑い合った。




 別の日、猫が言った。


「なんでゴミを分別するんだ?」


 僕は猫の背中を撫でながら答えた。


「分別しないと、地球が汚れるからだよ」

「汚れるなら捨てなければいいのに」

「そういうわけにはいかないよ。ゴミは捨てないと、住んでるところが汚くなっちゃう」


 当たり前のことを言ったつもりだったけど、猫はまた「ううん」と唸った。


「じゃあ、捨てるものはゴミってことか?」

「そうだね。ゴミじゃなければ捨てないから」

「そうか。そうだったのか」


 猫は驚いたような顔をした。


「じゃあオレはゴミだ」

「え」

「だってオレは、捨て猫だから」


 僕はとっさに答えた。


「そんなことはないよ。いまの猫は、僕の飼い猫だから」





 猫と暮らすようになってしばらくしたある日。


 僕は会社でひどい失敗をしてしまった。

 大事な取引先との商談が中止になり、部長から大目玉をくらった。

 ヤケ酒を飲んで家に帰ると、出迎えた猫が顔をしかめた。


「おいご主人様、ちょっと飲みすぎじゃないか?」

「いいんだよ、今日は」


 イライラしていた僕は、猫を無視してソファに倒れ込んだ。


「おいご主人様、ネクタイくらいとったらどうだ?」

「うるさい」


 猫は僕の顔を見て、ため息をついた。


「ご主人様、寝るならベッドにいったらどうだ?」

「うるさいっての」


 僕は耳をふさいで寝た。




 次の日は雨だった。

 二日酔いでガンガンする頭を押さえて起きる。

 水を飲んで、冷蔵庫を開ける。


 ……なにもない。


 冷蔵庫の中身は空だった。

 戸棚には猫缶とカップめんだけ。


 僕はカップめんを手にとって、お湯をわかした。

 猫が眠そうな顔をしてこっちにきた。


「ご主人様、お腹がすいたぞ」

「はい、猫缶」


 頭が痛い僕は、めんどくさくて猫缶をそのまま猫に放り投げた。

 ごとりと落ちる猫缶を眺めて、猫は首をひねった。


「オレは缶を開けられないぞ、ご主人様」

「あーもうわかったよ」


 僕は息をつきながら猫缶を開ける。


「ご主人様、皿は?」

「そのまま食えよ」

「缶の端で舌を切ったらどうするんだ」

「あーもううるさいなあ」


 僕はイライラして、皿に猫缶の中身をぶちまけた。


「さっさと食べればいいだろ!」

「うむ。いただきます」


 猫はむしゃむしゃと猫缶を食べた。


 ヤカンがピーーーと音を立てる。

 お湯をカップめんに注ぐ。


 すると猫がふと僕を見上げた。

 じっと見つめてくる。


「……なんだよ」

「またカップめんか」

「そうだよ。それがなに?」

「なぜ三分なんだろうな?」


 またそれか。


「二分あれば猫缶を開けられる。寝癖だって直せるんだ」


 ああうるさい。


「取引先の相手にお茶だって出せる」


 もうやめろ。


「それなのに、なんでわざわざ三分も――」

「うるさいんだよおまえ!」


 僕は叫んでいた。


「もういいよ! どうでもいいことばっかり喋って、おまえは猫なんだから黙っていればいいんだよ!」

「でもご主人様、オレは喋る猫だから」

「ならいいよ! うるさい猫はもうたくさんだ! 僕はふつうの猫を拾いたかったんだ!」


 僕は猫の身体をダンボールに放り込んで、そのまま家を出た。

 走って走って、猫を拾った場所まで運んでいく。

 ダンボールをそこに投げ捨てた。


 喋る猫なんて拾うんじゃなかった!


「ご主人様、もしかして、オレを捨てるのか?」

「そうだよ! もう喋る猫はたくさんだ!」

「そうか……」


 猫はそれ以上なにも言わなかった。


 僕はそのまま家に戻った。部屋にもどると、ちょうど三分が経っていた。


 三分。


『なんで三分なんだろうな?』


 そんなもの決まってる。

 喋る猫を、捨てるためだ……。






『そうか、オレはゴミなのか』





 ふと思い出したのは、猫の言葉。


 拾ったときのこと。


 猫が喋って驚いたこと。


 笑い合ったこと。





 そしてキッチンの床には、置かれた皿と、猫缶があって。


「……なんだよ、もう」


 僕の目から、なぜか涙があふれてきて。


「短いんだよ、三分なんて」


 僕はすぐに家から飛び出した。






 どうやら僕には、三分間じゃあ猫は捨てられそうにない。


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― 新着の感想 ―
[一言] 猫くんと主人公のおしゃべりでなごみ、 言い合いの後の3分ではらはらし。 最後は――。ハッピーエンドでほっとしました。 3分間のドラマ楽しませていただきました。 すてきなお話しでした。
2014/01/11 01:24 退会済み
管理
[一言] 俺はね、思うんだ。あえて三分なのは、その間にちょっとしたことが出来るから。ほら、待ち時間も有効活用しようとする人っているじゃないですか。そういう人だと、一分って逆に中途半端になるんですよ。だ…
[良い点] ツンデレ僕さん 天然ネガティブ猫さん [気になる点] ノンノン、ツンツン! イエス、ツンデレん! [一言] そして擬人化し、同棲生活が始まるのですね分かるか! 猫さんのゴミ発言に涙腺崩壊……
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