マリオネットとメロンちゃん
俺はマリオネット。一見すると何の変哲もない、壁に掛けられた名もない人形さ。服は、そうだなあ、本当ならいろんなものを着てみたいんだけどさ、なかなか着られないもんでね、赤と黒のチェックが全体を覆うシャツと、擦り切れたジャージを穿かせてもらっている。一応人形だからさ、自分では選べないんだよね。
まあでも、俺はただの人形じゃない。実を言うと、正真正銘の魔道具なんだ。その証拠に俺にはこうして自我がある。一介の人形の癖に思考を行うってのはかなりすごい事なんだぜ? 加えて、俺は傷を自己修復することが出来る。だからどれだけ身体が痛もうが、服が破けようが問題はひとつもないんだ。一晩経てばどんな姿になっていようとも元通り。それが俺のすごいところなんだ。
だけど、そんな俺にも当然のことながら苦手なものもある。例えば火とかね。どれだけすごい自己修復能力を持っていたとしてもさ、全部が全部真っ黒焦げに焼け落ちちゃったら、いくら俺だと言えども死んじゃうんだ。そもそも熱いの嫌だし。痛みは感じないけどさ、こう火が全身を舐めるように焼いていく熱さってのは、どういうわけか分かるんだ。その気持ち悪いこと気持ち悪いこと。なんて言えばいいんだろう。ぞぞぞぞぞって足下から溶けていくような感触とでも言えばいいんだろうか。そこに痛みがあればまだ実感できる文ましなんだろうけどさ、感じないからね。分からないから気持ち悪いんだ。
そんなこんなで俺は火が大嫌い。そして、もうひとつだけ。俺には全身全霊で拒絶するを得ない存在がある。実はそいつはこの家の中に潜んでいてさ、時々俺のことを監視してたりするんだ。もう、本当にあの生物だけは無理。火よりも何よりも俺はあの生物のことが苦手なんだ。
って、ああっ! 言ってた側から奴が現れたよ! 廊下の奥からからのっそり現れたよ!
お、恐ろしい……。何であんなに太ってるのだろうか? 一歩歩くごとに床が振動しているような気がする。ゆったゆたと歩く度にその身体に蓄えられた脂肪が、大きく揺れ動いている。まだ産まれて三ヶ月なんだろ? それなのになんなのさ、その体つきは。異常じゃない。まるで、メロンじゃないの。って言うか、お前は本当に子犬なのか? 地球外生命体じゃないのか? そうなんだろ! おい何とか言えよこの野郎!
あっ、止めろ! 俺をじっと見るな。また俺を口の中でくちゃくちゃしたいんだろ! 嫌なんだよあれ。気持ち悪いんだ。勘弁して下さい! って、俺の前でお座りすんな!
えっ? おい、こら人間。俺を壁から取り外すな! あら、チロルちゃん、この人形で遊びたいの? とか吐かすな、馬鹿。ああ、ホントにヤメテ! 臭いの。臭いのよこいつの口の中! 悪かった。汚い言葉使って悪かったって! だからそんなに邪悪な笑みを浮かべないで下さい! お願いですから!
あっ……投げられた。へへ……アイツ尻尾振って構えてるよ……ああ、もう、ホント無理……死ぬ。俺、精神的に死んじゃう……誰か、助けて……。




