一球入魂!
川沿いに整備されたちょっとした広場。周りを背の高い草が覆い、風に運ばれる雑草の青臭い臭いが、あっちへ行ったりこっちへ来たり遊ばれ漂うその場所が、奴が言った勝負の場所、つまり、奴らにとっての野球場だった。
……冗談じゃない、こんな場所。辛うじてマウンドと呼ぶことの出来る盛り土の上に立って、心の中でそう毒気づく。背後には流れる川の音が聞こえている。少し顔を上げれば、俺たちの血統には無関心にジョギングをしている人や、犬の散歩をしている人、サイクリングを楽しんでいるカップルや、午後の散歩を楽しむ親子連れなどが行き交う遊歩道が見える。
まったく、ここにはグラウンドの乾いた緊張感も、辛い照り返しもほとんどないじゃないか。手にしたボールを弄びながらそう思った。こんな場所、気の緩んだ奴がお遊びで野球をするのがやっとだ。間違っても、俺の様な本気で野球をする奴がピッチングする場所じゃない。絶対に違う。こんな場所で俺はピッチングをするべきではないのだ。
……来なければよかった。
あまりの環境に、弄んでいたボールを強く握り締めて、俺激しく後悔した。すぐにでもバスに飛び乗り、家に帰りたい。帰って、自主トレがしたい。服を着替え、シューズを履き、ストレッチを入念に行ってからいつものコースを黙々と走るのだ。考え、意識をそこへと馳せてしまう。
「おい、何ぼけーっとつっ立っとんじゃ。早う、ご自慢の豪速球っつーのを投げてみぃ」
そんな逃避行を、野太く大きな声が邪魔をする。俺は前を見た。およそ十三メートル先のバックスクリーン前、満月のように真ん丸な顔をした奴がしゃがんでいた。俺の球を捕るなんて馬鹿げたことを口にした、勝負の相手。
「さあ、早う早う!」
そう言って奴は楽しそうにミットを叩く。それが俺はにもべもなく気に入らない。
まあいい。やってやろうじゃないか。結局前のチームでも、俺の全力をろくに取れる奴はいなかったんだ。こんな田舎のぼんくらチームの捕手に、俺の球なんて取れやしないのだ。
ならば、徹底的に現実を思い知らせて、二度と減らず口を叩かないようにしてやるのがベストだろう。あの、お気楽な奴のことだ。ここでこてんぱんにしておかなければ、しつこく言い寄ってくるのは目に見えていた。
深呼吸をひとつ。目を閉じて深く息を吸い込む。身体は素直にほぐれる。肩は先ほど回しておいた。調子は万全。たとえ万全でなくたって、自信はある。所詮あいつには取れやしないのだから。
さて、やろうか。目を開く。意を決して、フォームを象り、奴のミットだけに集中する。ぴたりと構えられた奴のミットが示すのは、直球ど真ん中だ。ふん、大した自信だよ。後悔するとも知らずにさ。ゆっくりと腕を振り上げる。同時に足も踏み出す。力は出来るだけ抜いて、流れに身を任せて解き放つイメージ。俺は始まった動作に身を任せながら、視界に奴のミットを捉えていた。
瞬間、頼りなかったミットが突然腰を据えた!
驚きに全身が震えるのが分かる。どうやら、言うだけのことはあるらしい。
面白い。やってやろうじゃないか!
口いっぱいに空気を溜め込んで、渾身の回転エネルギーを軸足から腰、肩、腕、そして手首のスナップへと移動させていく。
取って、みやがれ!
少しして、澄みきった空の下、地に響くような鈍い音が風に霧散した。
一年以上経っての更新です。いい加減更新しないと思いまして決起しました。実は今作における勢いやらその他諸々が書けなかったために長らく放置していました。まあ、今なら相応の物が書けるだろうということでやってみましたけれども、どうだろう、これ……。どう転ぶにせよ、やっぱり相応でしょうかね。そう言うことにしておきます。
えっと残り六つ予定しています。それでひとまず完結という形に運びたいと思います。ではでは。




