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一方、土間は土間でうんざりしていた。
「礼似、これは一体どういうこと?」
そのくらいの言葉は出て来るに決まっている。土間達が襲われたのは、ハルオの後を付け始めてからもう、三回目。しかも狙いは明らかに礼似だ。
一人目、二人目は明らかに下っ端のチンピラだと分かる、どうしようもない奴らで、礼似が片手でねじあげて追っ払ってしまった。そして今は、それなりの気配を漂わせている男が、三人も土間と礼似を囲っている。
「ちょっと今、私の人気が上昇中なの。手が回りかねるから、土間も手伝って」
そういいながら、礼似はすでに男の一人に殴りかかっていた。
「手伝うも何も、あんた、わざと私を巻き込んでるでしょ。どういう事か説明できないの?」
土間も自分に襲いかかってきた相手のみぞおちを突きあげる。
「それが出来ないから巻き込んでるの。でも、私が香に近づけない事情は呑み込めたでしょ? しばらく私、赤マル急上昇が続くから、よろしくね」礼似は三人目を殴り倒すと、その男を締め上げて顔を確認した。
「ふーん。あんたの親玉には憶えがあるわ。あんた達のところは私に対してそういうスタンスなのね? 良く分かったっから覚悟しとけって、伝えておいてくれる? 伝言役ぐらいはできるでしょ?」そう言って男を突き離した。
「あんたが集中的に狙われる事情。これがこてつ組の極秘事項?」土間が仕方なさそうに聞く。
「そういうこと。これで香には一樹とハルオと土間の目が見守っているし、おまけに土間はハルオ達の様子がうかがえるし、私は土間に手伝ってもらえて、色々と好都合。ああ、私ってなんて頭がいいのかしら?」
礼似は気分よさげに自己満足に浸っている。土間は、
「全くあんたは、悪知恵が働くわ」と、あきらめ顔をした。
「それに、ずっと視線を感じてしょうがないんだけど、こっちは放っておいていい訳?」
誰かにつけられている感覚は、真柴組の前にいる時からずっと続いている。危機感を呼ぶような嫌な視線ではないが、土間としては落ち着かない。
「あ、それはたぶん、大丈夫。悪さをするストーカーじゃないから。オトコの視線には慣れてるしね。イイ女にこういうことはつきものなの。ちょっとくらい我慢して」
一人で襲って来たバカは、私を甘く見て勝手にやったことだろう。さっきの男達は中堅幹部の手下達。 私への宣戦布告ってところかな? でも、この視線は私の行動や、周りの出来事を観察している視線だわ。私が下につくべき技量があるか、見定めようってことだろう。こういう事をするのは古手の幹部か、自分の派閥がしっかり固まっているヤツ。大谷かもしれない。
あいつだったら、余計な真似はしない。私がどの程度利用できるか、確かめようって訳だろう。
いいわね、私を会長並みに使いこなせるんなら、こてつ組は当分安泰。こっちも大谷の技量を計らせてもらわなくっちゃ。
「イイ女はね、男の視線で、男の技量を計るもんなのよ。視線を受けられるんなら、むしろ、歓迎しなくっちゃ。ところでハルオは、何をあそこで落ち込んでるのかしら? あれじゃ香達を見失うじゃない」
ハルオは香たちが店を出たにも関わらず、物陰で沈んだ表情のまま、ため息をついていた。
「あのね。誰でも彼でもあんたみたいに、単純に勢いだけで突っ走れる訳じゃないの。男心って結構デリケートなんだから。まったく、あんたに首なんて突っ込んでほしくなかったわ」
そういいながらも土間もハルオを心配して、いらいらした様子を見せていた。




