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さて、奥様の方は大丈夫だったんだろうか? ここにいても、事故の事とかで警察に色々聞かれてしまう。長居は無用。あとの事はあの雑魚達と、こてつ会長に任せるのが一番だ。
そう思って、香とハルオは、礼似、土間を連れて元来た道を戻ってみる。すると、先に戻らされていた一樹と出会った。コンビニの袋をぶら下げている。
「何してんの? 一樹。奥様と御子達は?」礼似が問うと、
「お前、何でも後始末押し付けるのはやめろよな。三人ともそこの土手にいるよ。俺が飲み物と紙コップの調達係だ。お前達も参加させられるぞ」
そう言って礼似を土手へと引っ張っていく。こっちはこっちで何かあるらしい。
行って見ると、そこには御子、良平、由美がピクニックシートの上に座って、大量のパンやサンドウィッチを広げ、横の草むらではこてつが気持ちよさげに日光浴を楽しんでうつらうつらしていた。
「まあ、一樹さん、御苦労さま。あら、香さんも戻って、皆さんもおそろいね。一緒に座って。このパン、なかなかおいしいのよ」由美が機嫌よくそう言った。
「どうしたんです? 一体?」仕方なさげに座っている御子と良平を見ながら香が由美に尋ねると、
「さっき、こてつったら、急に近くのパン屋さんに飛び込んじゃったの。そのまま出るのも悪いから、パンを買おうとしたら、試食させてくれたのよ。とっても美味しかったから、たくさん買い込んじゃって。御子さん達と一緒に食べようと思ったんだけど、せっかくだから、ここでピクニックも楽しいんじゃないかと思ったの。大勢で外で食べれば、より美味しくなるわ。さあ、皆さん、座って座って」
由美はにこにこしながら一樹が買って来た飲み物を勧める。御子と良平はひきつった笑顔を張りつけながら受取っている。
「見事なもんだろ? さっきの騒ぎに気付いてないんだぜ」一樹がコソコソと言うが、
「このくらいなんでもないわ。私達、こういう人を長年護衛してるんだから」と、礼似が冷静に返した。
機嫌よくパンやサンドウィッチを皆に分けていた由美が、香とハルオの様子がおかしい事に気付いた。
「あら、二人ともまだ、仲直り出来ていなかったの? そんな顔していたら美味しい物もまずくなっちゃうわよ。笑って、笑って」由美は香に向かってにっこりとほほ笑みながらそう言って来た。
「いえ、そう言う訳じゃないんですけど」そう言いながらも香はハルオからなるべく離れた場所に席をとる。
礼似は香の隣に座ると、
「ご心配なく。この二人、仲がいいのに香が意地はっているだけですから」
と、由美に笑顔を向ける。そして香に、
「あんたも意外と不器用だったのね。こんなに要領悪いなんて」と小声で話しかける。
「気にしなくていいって、さっきも言ったじゃないですか」香はつっけんどんに返すが、
「援交もしてないって宣言するだけあって、結構身持ちも堅そうよね。香、意外と実戦に弱いんじゃない?」
礼似はさらに香の耳元にそっと囁く。
「何ならキスの誘い方でもおしえてあげ……」
突然礼似の足元に、激痛が走る。香が思い切りつねったらしい。
「いったあーい!」礼似の悲鳴が土手中にこだまして、皆が目を丸くした。
「私! 先に失礼します!」香はものすごい勢いで立ち上がると、足音も荒く去って行く。
「ま、待って下さい。お、俺、送りますから」ハルオも慌てて立ち上ろうとする。
「あ、ちょっと待って」
そう言って由美がハルオの服をつかんだものだから、危うくハルオは転びかけた。
「な、なんですか?」
「パン、香さんの分を持って行ってあげて。でないと、食べきれないわ」
そういいながら由美がパンを袋に詰める。
「た、食べきれない? ど、どれだけ、か、買ったんです?」
「うん。お店の人に申し訳なくて、その場に出ている分、殆んど買っちゃったの。ハルオさんの分も、ちょっと多めだけど食べてね。美味しいから」ニコニコと袋を渡してきた。
本当に、どういう感覚しているんだろう? この人。つねられた足をさすっている礼似以外の全員が、ほぼ、同じ感想を抱く。それでもハルオは袋を受け取ると、急いで香の後を追った。
「送ってくれなくって、結構よ!」香の怒鳴り声が聞こえる。
「い、いや、お、送ります。パ、パンも、う、受取って、も、もらえないと、こ、困ります」
「勝手に困ればいいでしょ。ついて来ないでってば」
「い、いや、送りますって」
ハルオと香の怒鳴り合いを聞きながら、青空の元、奇妙なピクニックは続けられる。由美はサンドウィッチをほおばりながら、
「ああ、美味しい」と、笑顔を見せ、こてつは転寝をしながら、何か寝言を言っていた。
完