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その頃、御子は良平の監視付きで、御子の言うところの「こてつ並み」の散歩をさせられているところだった。
良平の視線の方が、下手な鎖やリードよりも強力だわ。そんな事を考えながら空を見上げて歩いていると、
「おい、足元にもっと注意して歩けよ。転びでもしたらどうするんだ」と、さっそくお小言が飛ぶ。
「はいはい」
下手に逆らっても聞く耳を持たないのは分かっているので、今度は足元を見ながら歩くが、
「もう少し、景色を堪能しないと。視覚から情操が育つかもしれないだろう? 楽しそうに歩かないと」と言われる。
「どうしろっていうのよ。上見れば危ない、下見れば景色を見ていないって」思わず文句もでるが、
「ああ、そんなとんがった声を出しちゃだめだ。心を穏やかにしないと」と、良平はおろおろし始める。
だめだこりゃ。下手な口きかない方がいいわ。かえってストレスがたまってしまう。仕方なしに無理やり作り笑いをしながら、御子は黙って歩いていた。
これじゃ、こてつの方がきっとマシだわ。いくらあの奥様でも、こてつの視線にまでは文句をつけないだろうから。
そんな事を考えていたのが悪かったのか、なんと道の向かいから、その、こてつの散歩をしている由美が歩いて来た。余計なこと考えなきゃよかった。奥様には罪は無いが、どういう訳かこの人、何か厄介事を引きよせる達人なのよね。御子は真底後悔する。良平も戸惑ってる気配。同じような事を考えたんだろう。
「まあ、こんにちは。ご夫婦でお散歩ですか? いいですねえ」由美はにこやかにあいさつした。
「こんにちは。ええ、まあ」
御子も愛想笑いで返す。良平にいたっては若干腰が引けているよう。
「お腹もずいぶん大きくなったわねえ。男の子? 女の子?」
「女の子らしいです。今は結構早くに分かっちゃうんですよね」
おかげで余計にウチの男達が大騒ぎしているんだから。やれやれ。御子は心の中で愚痴る。
「私もそろそろこの辺で折り返そうと思ってたの。ご一緒しません?」由美はにこやかに誘うが、
「い、いえ。御子がいるんで俺達はゆっくり歩くし」と、良平が言いかけた。しかし、
「私もゆっくり歩くわ。ちょっと遠回りしてきたんで、こてつも疲れ気味だしね」
見るとこてつもいつもくるんと巻いているしっぽが、だらんと垂れさがっている。表情も確かに疲れているようだ。
「ここまでどのくらい歩いていらしたんですか?」思わず聞くと、
「そうねえ。遠回りしたし、寄り道もしたし。かれこれ七キロ位かな」
それでこれから帰りの距離も歩くのね。相変わらずだわ、この人。御子と良平はそっと目を合わせる。
「私、そんなに歩けませんし」御子は何とか由美から逃れようとしたが、
「ここからはまっすぐ帰りますし、行きの半分くらいの距離だから、途中まででも。お喋りでも楽しみながらゆっくり歩くのも楽しいわ」
ここまで言われたら断りにくい。実際向かう方向は一緒だ。こうなったら何事も引き寄せてこないでよー。御子は心の中で祈るようにつぶやいた。こてつも疲れた顔で、恨めしげに帰りの道を眺めている。
こてつの方がマシとは言えないわね。この奥様と一日中付き合ってるんだから、飼い犬稼業も楽じゃなさそうだわ。