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こてつ物語8  作者: 貫雪
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 店を出て歩きはじめると、香は一樹に尋ねた。


「無粋なこと聞きますけど、なんで礼似さんと一緒にならなかったの?」


「本当に無粋だな。プライベート、と言いたいところだが、礼似に堅気を選ぶように選択させられたのさ。さっきも言ったろう? あいつは最後に相手の意思を尊重できる。俺にはあいつは強すぎて太刀打ちできない」


「だから私の相手なんか、させられているのね。礼似さんはデートしてくれないの?」


「あいつは言ってたよ。俺達は出会い方が悪かったんだそうだ。おかげで今は腐れ縁になってるよ」


 腐れ縁。そんな言葉が言えるだけ、礼似さんを理解してるんだろうな。この人。私はそこまで礼似さんを理解できるかな? 私が礼似さんに与えている影響ってなんだろう?

 香は一樹に聞こうとして、思いとどまった。それを言葉で聞いても意味がないような気がする。自分自身で感じ取らなくちゃ本当の事は分からないような気がした。


 すると、突然一樹の足が止まった。「しまった」と小さくつぶやく。


「悪い。こっちはダメだ。向こうへ行こう」そう言ってもと来た道を戻ろうとする。しかし、


「おじちゃーん!」

 子供特有の甲高い声が聞こえて、小さな男の子がこちらに手を振っていた。すぐにかけ出して一樹の足元にやってきた。仕方なく一樹は訊ねた。


「どうしたんだ? 学校は休みなのか?」


「うちのクラス、お休みの子がいっぱい出て、みんなで休むことになったんだ。おじちゃんは?」


「仕事中だよ。お母さんはどうした? ちゃんとお前が守らなくちゃだめだろう?」


「ごめん。おじちゃんが見えたから。お母さん、あそこにいるよ」


 男の子が指さす先に、女性が一人、立っていた。よく見るとその手に白い杖が握られている。


「まずいな」一樹が香を見ながら言う。確かにまずい。この親子はどうやら一樹の身内らしい。今、香の周りは安全とはいいかねる時に、目の不自由な堅気の身内が、近づいてきて良いはずはない。


「説明して俺達から離れてもらおう」そう言って一樹は男の子の手を引いて歩きだそうとした。


 ところがその女性に男が近づくのが見えた。一樹は子供の手を放して女性の方へ駆けて行く。すると男の子に向かって誰かが突っ込んで来た。香は慌てて立ちふさがる。


「ハルオ!」思わず香は叫んだ。しかしハルオはすぐには姿を現さない。ついて来てるんじゃないの? もう! この、肝心な時に!


 香は歯がみしながらも、体制を低く構えて突っ込んでくる男が武器を持っていないか確かめた。へそのあたりに力を入れて、相手の喉元目がけて肘を突きあげる。相手は「ぐえっ」っと声をあげてひっくり返った。


 香が男の子の手を引いて走り始めると、ようやくハルオとすれ違う。だが、ハルオが相手に向かおうとする前に、別の男が姿を現した。新手か? 香は緊張した。


 しかし、その男は香達を襲おうとした男を、あっけなく、ノシてしまった。ハルオもポカンとしている。


「そっちは大丈夫か?」男は一樹にも声をかけた。一樹も女性に近付いた男をとっくに片づけていたらしく、男達は慌てて逃げて行った。


 遅れて礼似と土間も駆けつけて来た。香を助けた男が、礼似に声をかけた。


「あんたの知り合いは全員無事だ。大谷さんはあんたの使いこなし方が分かったそうだ。あんたは自分よりも、自分の周りの人間に体を張れる相手に忠義を尽くす。そういう事なんだろう?」


「まあね。大谷に、貸しを作ったわね」


「いや。今回はお互い様だ。あいつらは大谷派の下っ端さ。妙にすり寄ってきたから、見張るようにと大谷さんに言われたんだ。大谷さんがあんたの下に着くような態度をしたのが内心気に入らなかったらしい。あいつらの処分は大谷さんが決めるだろう。あとで大谷さんと話してくれ」


 そう言って、男は去って行った。大谷に報告に行くのだろう。場の緊張がほぐれる。


 香はハルオを睨みつけ、ハルオは首をうなだれて、しょんぼりとしてしまった。



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