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「随分、楽しそうだね」
ショッピングセンター内のカフェの一角に腰を落ち着けると、一樹は香にそう聞いた。
「ええ。可愛い髪留め、二つも買ってもらっちゃって、ありがとうございました」香は機嫌よく答える。
「安物だ。それにそれだけじゃないだろ? ハルオ君に気にかけてもらってるのはやっぱり嬉しいかい?」
一樹は巨大な、自分だったら胸やけを起こしそうなパフェを、満足げに口に運ぶ香の姿を見ながら、問いかける。
やっぱり若いな。これじゃ、本当に子守だ。
「つけられてるのに、気がついてたんですか?」香は驚いた。ハルオの尾行の巧さは香も知っている。
「ハルオ君の尾行だけなら気付けない。でも、君の視線がハルオ君を気にしていたらいくらなんでも分かるだろ?」
それはそうか。言われて香も納得する。ついつい、どこかで見ているはずだと思って、ハルオの姿を探していた。最初っからそのつもりで集中していれば、何となく気配ぐらいは察することができる。でも、やっぱりこの人も勘が悪くない。こっちの世界の男なんだわ。
「で、礼似さんに、何があったんです? また私が足を引っ張っちゃいけないこと?」
今度は香の方が問いかけた。
「それを君に言わない事が約束になっている。強いて言えば、ちょっと厄介事を抱えたってところだね」
「やっぱり。また私、足手まといか」香は憮然とした。
「君が安全と言えないのは確かだが、今回は礼似も事情が混み入っているんだ。それに、守ってもらえる時期って言うのは、君が考えるほど長いものじゃない。あっという間さ。その短い期間に、君は色々な事を学んでおかなきゃならない。最低限、身を守る事は勿論、君の行動が周りに与える影響くらいは心得ておかないと」
「礼似さんだって、一人勝手で有名だったんでしょ?」
「だから君の危なっかしさが目に付くのさ。あいつの一人勝手が悪化したのには俺にも責任があるんだ」
「昔、色々あったんですってね」
香は一樹のお説教は気に入らないものの、礼似の過去への好奇心が勝ってしまって、話を突っぱねる気になれなかった。さすがは優秀な情報屋だと礼似さんが言うだけの事はある。誘導されているのかもしれないが、聞かずにはいられない。
「おかげで今になってもこうやってこき使われている。俺があいつをこの世界に引っ張ってきたんだから、そこは自業自得。俺はあいつを守らなくちゃならなかったし、その必要にも迫られていた。しかも俺はあいつの無謀さを利用していた。礼似はこの世界の危険さを感覚的に察していたにもかかわらず、無謀にふるまっても、結局は俺が守らずにいられない事に気づいて、さらにそれを悪化させてしまったのさ」
「礼似さんは、守られる事を受け入れたんですね。私とは逆だわ」
「受け入れたんじゃない。そうせざるを得なかっただけさ。俺も、あいつも。選びようなんて無かったし、学ぶ暇もなかった。よく、生き延びたもんだと今でも思ってるよ。だが、君はそうじゃない」
「私だって、流されてきたようなものなんですけど?」
「いや。君は礼似を選んだ。礼似は俺と似かよってはいるが、決定的に違うところがある。あいつはきちんと選択することが出来る。俺はそれを放棄して、あいつを引きずりまわした。あいつも引きずられる事に酔っていた。二人とも状況にあらがおうとしなかった。だがあいつは最後には自分で選びとる力があった。一見、あいつは周りを振り回しているように見えるが、実は相手にも選択させる事ができるやつなんだ」
だから、会長は礼似を組長候補に選んだんだろう。一樹はちらりと、そう考える。
「あいつは最後には君の意思を尊重する。違うように見えても、実はそうなんだ。俺の時もそうだった。君はそういう人を選んだ。しかも、守られながら学びとる時間がある。これはとても貴重な事なんだ。足手まといになっている暇なんて無いぞ。君はもう、礼似に十分、影響を与えているんだからな」
香は黙って聞いていた。口をはさむ気にはもうなれなかった。山の様なパフェも、空になっていたが。
「説教はここまでだ。出ようか?」一樹は伝票を手に取り、そう言った。