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「うわあ。こんなに大きくなるんだ」香はしげしげと御子の腹部を眺めていた。
「まあ、安定期に入ったからね。一安心は出来たけど、もう、重くって」
真柴組の御子と良平の部屋で、御子はのんびりとお茶を入れる支度をしながら言った。
「あ、私コーヒーがいい」すかさず礼似はそう言ったのだが、
「コーヒーメーカー、片付けられちゃったんだよね。私が飲むといけないからって」
御子はため息交じりに言う。
「はあ。相変わらずの過保護ぶりねえ。御子、この間まで、席も立たせてもらえなかったもんね」
礼似は苦笑しながら相槌を打った。御子は声をひそめて、
「実は、医者をちょっと脅して、一筆書かせたの。妊娠中毒の恐れがあるから、こまめに身体を動かすようにって。そこまでしないと、本当に何も動けないんだもの」と、白状する。
「組長と良平の二人掛かりじゃ、さすがの御子も敵わないか。で、一筆書かせた効果はあったの?」
礼似は完全に面白がって聞いて来る。
「あった、あった。おかげで毎日二回、きっちり一時間散歩させられてる。良平の監視付きでね。まるで、こてつみたい。余計なことしなきゃよかった」
そういいながら御子は自分のカップに、水筒から温めた牛乳を注いだ。
「これもノルマなのよ。一日に必ずこの量を飲まされてる。組中で監視されてるんだから、たまんないわ」
香はまだ、御子の腹部を見ている。
「香、そんなに面白いの? この姿?」あんまり見られるので、御子が落ち着かなさげに言った。
「だって、お腹の大きな人をこんなに間近で見たの、初めてだから。私兄弟いないし。もう、珍しくって」
「そうね。香の年だと、デキ婚した友人でもいなかったら、あんまり妊婦には縁がないかもね。それに、周りは男だらけだし、礼似なんか、子供は今更、だろうし」
御子の台詞にはちょっとばかり、皮肉のニュアンスがあった。礼似もそこは感じ取って、
「あら、私だって身体はまだ若いのよ。その辺の男でもひっかければ、子供の一人や、二人。すぐに作れるわよ」
と、大声張り上げて言ったとたんに、隣のふすまが突然開いた。
「レッドカードです。礼似さん、退室してもらいます」
いきなり現れた良平が、礼似を引っ張ろうとする。
「レッドカード? 何それ?」礼似がぽかんとする。
「今の言葉は胎教に悪いですから。その辺に気を使えない人はこの部屋に居られません」
「胎教って。いいじゃない。性教育よ、性教育」
「腹ん中にいるうちから、そんなものいりませんので。言葉づかいを直して、また後日にでも来て下さい」
そういいながら良平は礼似を部屋から押し出す。そして御子に振り返りながら、
「ちゃんと、残さず飲み干すんだぞ」と、御子のカップに目をやりながら、部屋を出る。
「はいはい」と御子は生返事を返し、香は突っ伏して爆笑したまま、動けなくなってしまっていた。
すると再び良平が顔を出し、
「それから、御子もイエローカードだ。デキ婚なんて言葉、妊婦が使うんじゃない。そのうち来客禁止にするぞ」
そう告げて礼似が帰るのをしっかり見張っている。
こりゃ、私も長居しない方がいいな。香はそそくさと礼似の後を追って立ち上がった。