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こてつ物語8  作者: 貫雪
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「うわあ。こんなに大きくなるんだ」香はしげしげと御子の腹部を眺めていた。


「まあ、安定期に入ったからね。一安心は出来たけど、もう、重くって」

 真柴組の御子と良平の部屋で、御子はのんびりとお茶を入れる支度をしながら言った。


「あ、私コーヒーがいい」すかさず礼似はそう言ったのだが、


「コーヒーメーカー、片付けられちゃったんだよね。私が飲むといけないからって」

 御子はため息交じりに言う。


「はあ。相変わらずの過保護ぶりねえ。御子、この間まで、席も立たせてもらえなかったもんね」


 礼似は苦笑しながら相槌を打った。御子は声をひそめて、


「実は、医者をちょっと脅して、一筆書かせたの。妊娠中毒の恐れがあるから、こまめに身体を動かすようにって。そこまでしないと、本当に何も動けないんだもの」と、白状する。


「組長と良平の二人掛かりじゃ、さすがの御子も敵わないか。で、一筆書かせた効果はあったの?」

 礼似は完全に面白がって聞いて来る。


「あった、あった。おかげで毎日二回、きっちり一時間散歩させられてる。良平の監視付きでね。まるで、こてつみたい。余計なことしなきゃよかった」

 そういいながら御子は自分のカップに、水筒から温めた牛乳を注いだ。


「これもノルマなのよ。一日に必ずこの量を飲まされてる。組中で監視されてるんだから、たまんないわ」


 香はまだ、御子の腹部を見ている。


「香、そんなに面白いの? この姿?」あんまり見られるので、御子が落ち着かなさげに言った。


「だって、お腹の大きな人をこんなに間近で見たの、初めてだから。私兄弟いないし。もう、珍しくって」


「そうね。香の年だと、デキ婚した友人でもいなかったら、あんまり妊婦には縁がないかもね。それに、周りは男だらけだし、礼似なんか、子供は今更、だろうし」


 御子の台詞にはちょっとばかり、皮肉のニュアンスがあった。礼似もそこは感じ取って、


「あら、私だって身体はまだ若いのよ。その辺の男でもひっかければ、子供の一人や、二人。すぐに作れるわよ」

 と、大声張り上げて言ったとたんに、隣のふすまが突然開いた。


「レッドカードです。礼似さん、退室してもらいます」

 いきなり現れた良平が、礼似を引っ張ろうとする。


「レッドカード? 何それ?」礼似がぽかんとする。


「今の言葉は胎教に悪いですから。その辺に気を使えない人はこの部屋に居られません」


「胎教って。いいじゃない。性教育よ、性教育」


「腹ん中にいるうちから、そんなものいりませんので。言葉づかいを直して、また後日にでも来て下さい」

 そういいながら良平は礼似を部屋から押し出す。そして御子に振り返りながら、


「ちゃんと、残さず飲み干すんだぞ」と、御子のカップに目をやりながら、部屋を出る。


「はいはい」と御子は生返事を返し、香は突っ伏して爆笑したまま、動けなくなってしまっていた。


 すると再び良平が顔を出し、

「それから、御子もイエローカードだ。デキ婚なんて言葉、妊婦が使うんじゃない。そのうち来客禁止にするぞ」

 そう告げて礼似が帰るのをしっかり見張っている。


 こりゃ、私も長居しない方がいいな。香はそそくさと礼似の後を追って立ち上がった。



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