霊峰の向こう側
共和国、大公国、王国の北側には険しい山脈「死霊の霊峰」がある。
この山脈は別に名前の通りアンデッドの巣窟という訳ではないが、
生きて帰還する事が難しいほど、厳しい環境であるのは事実である。
山々の標高は高く、低めの場所でも分厚い万年雪に覆われており、
しかも単なる山岳地帯ではなく深い渓谷も点在しているのだ。
常時吹雪いており、北方へ伸びる数本の道はかなり細く長い。
それでいて枝分かれもしている為、初めて訪れる者は大抵迷う。
また数こそ少ないが、この地に生息する魔獣は大型で凶悪だ。
少ない食料を奪い合うせいで、常人なら出会った時が命日となる。
ただし、この山脈から豊富に流れ込む雪解け水によって、
南側諸国は水資源に恵まれてはいる。時折冷害には悩まされるが。
そして死霊の霊峰を超えた北方には。
共和国、大公国、王国、さらに都市国家同盟の仮想敵国がある。
北方大陸の実に六分の一の面積を占める軍事大国、帝国である。
◆
帝国は元来弱小国家の集合体、都市国家同盟のような存在だった。
数百年前、正確な時期は不明だが古代遺跡の迷宮を発掘した頃から、
緩やかな国家間同盟が中央集権化を推し進めて帝国へ変貌した。
大陸の北方は現在でも農産畜産ともに生産量が乏しく、
主だった産業は林業と狩猟、あとは山岳地の鉱工業だったのだが、
「迷宮から算出される食糧」が加わる事で人口が増加し始めた。
ちなみに北方大陸のみならず、迷宮は世界各地に点在している。
迷宮を持たない国とされているのは教国ぐらいのものであり、
帝国領土内には判明しているだけで迷宮が七か所ほど存在した。
無論安全な生産資源という訳ではなく、危険とは隣り合わせの存在。
しかしそれを理解していても、迷宮からの恩恵は計り知れなかった。
何せ地上には碌に資源が存在しない。迷宮に求めるのは必然である。
ただし出土品には食料でないものも多数含まれている。
それが魔道具であり、中には兵器へ転用可能なものも存在していた。
これを活用しない手はなかろう。山の向こうには有用なものがある。
持たざる者が持つ者から奪い取って何が悪いのだ。
帝国の上層部、いや大衆ですらもそう考えた。
◆
数百年に渡って帝国は細い道を通り抜け、幾度となく攻め込んだ。
だが如何に強力な兵器があっても地の利がないのは致命的であり、
共和国、大公国、王国に一時的に優位に立てても勝てた事はない。
攻め込まれた側も無傷とはいかないが、それゆえ彼らは強靭となる。
最も新しい戦闘の記録は三十年以上前の王国への侵攻だが、
当時第一騎士団団長だったグリフォ・ランツァドゥラらの活躍で、
帝国側はかつてないほどの被害を被る事となる。
迷宮より出土した、飛行帆船。
これは本来民生品と思しきものだが、それに武装を施し軍艦とした。
飛行軍艦は容易に死霊の霊峰を超えて王国北方へと到達する。
施せた武装と言っても、それらは威力も低い短射程の魔術大砲だが、
切り札は他にあった。飛行型大型魔獣の制御装置である。
基本的に大砲で牽制しつつ、上空から魔獣に王国軍を急襲させる。
帝国側は被害もなく、抵抗の術がない王国側は大混乱に陥るだろう。
王国への侵攻部隊司令部はそう踏んでいたのだが。
「黄金突撃槍」の名前は伊達ではないのである。
グリフォはじめ、北方に詰めていた騎士団は特級魔術を撃ちまくる。
攻撃魔術はその階級が上がると、威力だけでなく射程も伸びる。
元々貴族といっても小領地の寄せ集めだった帝国側の貴族達は、
威力は勿論、完全に彼らのその射程を見誤っていた。
本来民生用を無理矢理改装した飛行軍艦。
多少装甲を増やそうと、本来の軍艦とは比べようもなく脆い。
短射程の魔術大砲を使用する為、高度を下げていたのも仇となり、
全艦が撃墜されて這いあがれない谷底へ墜ちていく。
大型魔獣の制御装置も破壊され、無理矢理連れてこられた魔獣達、
怒りの矛先はどうにか生き残れた飛行軍艦の乗組員へ向けられた。
谷底での食事を終えた魔獣達はそれで満足したのか、
元来た霊峰を超えて帝国側へ戻る。王国の被害は軽微だった。
◆
王国への侵攻計画が無残な結果を迎えたしばらく後の事。
帝国は懲りずに富を求めて別の国へと侵攻計画を進めていた。
共和国のさらに東にある、小さいが資源豊かであるとされる国。
魔獣制御装置は失われているが、飛行軍艦だけでも勝てるだろう。
と侵攻した数日後、帝国はほぼ壊滅した。文字通り。
件の小国に守護神として崇められている黒竜達の襲撃によって。
中央政府は失われて、元の都市国家群へ戻らざるを得なくなった。
あれから三十年以上経って、帝国と南方三国とのやり取りはない。
断交しているだけでなく、主だった道も閉ざされているからだ。
共和国も大公国も王国も、帝国が立ち直れない事実を知らない。
未だ仮想敵国の脅威に備え、北方へ警戒の手を緩めてはいない。
グリフォ騎士団長は「名門にも稀にある」の王国軍務大臣。
飛行軍艦:元は古代文明時代の小型クルーズ客船。
船体両翼に翼状の帆を拡げて飛行。
制御装置:元は古代文明時代の動物(魔獣)アトラクションの為の道具。




