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ここはなにかが欠けている

霊峰の向こう側

作者: 浮月重月
掲載日:2026/10/05

共和国、大公国、王国の北側には険しい山脈「死霊の霊峰」がある。


この山脈は別に名前の通りアンデッドの巣窟という訳ではないが、

生きて帰還する事が難しいほど、厳しい環境であるのは事実である。

山々の標高は高く、低めの場所でも分厚い万年雪に覆われており、

しかも単なる山岳地帯ではなく深い渓谷も点在しているのだ。


常時吹雪いており、北方へ伸びる数本の道はかなり細く長い。

それでいて枝分かれもしている為、初めて訪れる者は大抵迷う。

また数こそ少ないが、この地に生息する魔獣は大型で凶悪だ。

少ない食料を奪い合うせいで、常人なら出会った時が命日となる。


ただし、この山脈から豊富に流れ込む雪解け水によって、

南側諸国は水資源に恵まれてはいる。時折冷害には悩まされるが。


そして死霊の霊峰を超えた北方には。

共和国、大公国、王国、さらに都市国家同盟の仮想敵国がある。

北方大陸の実に六分の一の面積を占める軍事大国、帝国である。


◆


帝国は元来弱小国家の集合体、都市国家同盟のような存在だった。

数百年前、正確な時期は不明だが古代遺跡の迷宮を発掘した頃から、

緩やかな国家間同盟が中央集権化を推し進めて帝国へ変貌した。


大陸の北方は現在でも農産畜産ともに生産量が乏しく、

主だった産業は林業と狩猟、あとは山岳地の鉱工業だったのだが、

「迷宮から算出される食糧」が加わる事で人口が増加し始めた。


ちなみに北方大陸のみならず、迷宮は世界各地に点在している。

迷宮を持たない国とされているのは教国ぐらいのものであり、

帝国領土内には判明しているだけで迷宮が七か所ほど存在した。


無論安全な生産資源という訳ではなく、危険とは隣り合わせの存在。

しかしそれを理解していても、迷宮からの恩恵は計り知れなかった。

何せ地上には碌に資源が存在しない。迷宮に求めるのは必然である。


ただし出土品には食料でないものも多数含まれている。

それが魔道具であり、中には兵器へ転用可能なものも存在していた。

これを活用しない手はなかろう。山の向こうには有用なものがある。

持たざる者が持つ者から奪い取って何が悪いのだ。

帝国の上層部、いや大衆ですらもそう考えた。


◆


数百年に渡って帝国は細い道を通り抜け、幾度となく攻め込んだ。

だが如何に強力な兵器があっても地の利がないのは致命的であり、

共和国、大公国、王国に一時的に優位に立てても勝てた事はない。


攻め込まれた側も無傷とはいかないが、それゆえ彼らは強靭となる。


最も新しい戦闘の記録は三十年以上前の王国への侵攻だが、

当時第一騎士団団長だったグリフォ・ランツァドゥラらの活躍で、

帝国側はかつてないほどの被害を被る事となる。


迷宮より出土した、飛行帆船。

これは本来民生品と思しきものだが、それに武装を施し軍艦とした。

飛行軍艦は容易に死霊の霊峰を超えて王国北方へと到達する。


施せた武装と言っても、それらは威力も低い短射程の魔術大砲だが、

切り札は他にあった。飛行型大型魔獣の制御装置である。


基本的に大砲で牽制しつつ、上空から魔獣に王国軍を急襲させる。

帝国側は被害もなく、抵抗の術がない王国側は大混乱に陥るだろう。

王国への侵攻部隊司令部はそう踏んでいたのだが。


「黄金突撃槍(ランツァドゥラ)」の名前は伊達ではないのである。

グリフォはじめ、北方に詰めていた騎士団は特級魔術を撃ちまくる。


攻撃魔術はその階級が上がると、威力だけでなく射程も伸びる。

元々貴族といっても小領地の寄せ集めだった帝国側の貴族達は、

威力は勿論、完全に彼らのその射程を見誤っていた。


本来民生用を無理矢理改装した飛行軍艦。

多少装甲を増やそうと、本来の軍艦とは比べようもなく脆い。

短射程の魔術大砲を使用する為、高度を下げていたのも仇となり、

全艦が撃墜されて這いあがれない谷底へ墜ちていく。


大型魔獣の制御装置も破壊され、無理矢理連れてこられた魔獣達、

怒りの矛先はどうにか生き残れた飛行軍艦の乗組員へ向けられた。


谷底での食事を終えた魔獣達はそれで満足したのか、

元来た霊峰を超えて帝国側へ戻る。王国の被害は軽微だった。


◆


王国への侵攻計画が無残な結果を迎えたしばらく後の事。

帝国は懲りずに富を求めて別の国へと侵攻計画を進めていた。


共和国のさらに東にある、小さいが資源豊かであるとされる国。

魔獣制御装置は失われているが、飛行軍艦だけでも勝てるだろう。


と侵攻した数日後、帝国はほぼ壊滅した。文字通り。

件の小国に守護神として崇められている黒竜達の襲撃によって。

中央政府は失われて、元の都市国家群へ戻らざるを得なくなった。


あれから三十年以上経って、帝国と南方三国とのやり取りはない。

断交しているだけでなく、主だった道も閉ざされているからだ。


共和国も大公国も王国も、帝国が立ち直れない事実を知らない。

未だ仮想敵国の脅威に備え、北方へ警戒の手を緩めてはいない。

グリフォ騎士団長は「名門にも稀にある」の王国軍務大臣。


飛行軍艦:元は古代文明時代の小型クルーズ客船。

     船体両翼に翼状の帆を拡げて飛行。

制御装置:元は古代文明時代の動物(魔獣)アトラクションの為の道具。

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