【短編版】猫かぶり令嬢はただ最強魔法をぶっ放したい
連載版もあります。
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王都の学園の裏庭。
そこには一人の令嬢が佇んでいた。目の前には怪我をした小型の魔獣。犬のようにふわふわの毛並みだが、鋭い二本の角が生えている。唸り声を上げ、こちらを威嚇している。
「大丈夫。私はあなたを助けたいの」
令嬢はそっと微笑むと、次の瞬間、空手のような型を取った。
右腕を素早く振り下ろすと、淡い光が弧を描き、魔獣の怪我がみるみる塞がっていく。
魔獣は目を瞬かせ、不思議そうに令嬢を見つめた。
「ふふふ、変な魔法よね? あなたと私だけの秘密よ」
「確かに変わっているね」
背後から声がした。
振り向くと、男子生徒が立っていた。
令嬢の顔から血の気が引く。
第二王子であり、この学園の生徒会長のルシアンだ。
「ねえ、黙っておいてあげるから、お願い聞いてくれる?」
「お、お願い……?」
ルシアンは天使のように微笑んだ。
「僕の犬になってよ」
ヴェロニカの首筋に冷たい汗が伝い落ちた。
獲物を見据える獣のような鋭い瞳と目が合い、背筋が凍る。
ああ……私は、絶対に弱みを握られてはいけない相手に目をつけられてしまったんだわ。
こうして、ヴェロニカの苦難は始まった。
「はあ……」
ヴェロニカは生徒会室の椅子に深く腰を沈め、机に肘をついてため息をついた。
ルシアンに秘密がバレてから数週間後。
ヴェロニカは、ルシアンに生徒会の雑用を押し付けられるようになった。
「どうしたんだい? ため息を吐くと、幸せが逃げてしまうよ」
ヴェロニカは顔をしかめた。
誰のせいだと思っているのよ。
そう言いたい気持ちをグッと堪えていたが、
「もしかして、婚約者の浮気が原因かな?」
「は、はあぁ!?」
ヴェロニカはガタンと音を立て、立ち上がった。
「いい加減なこと言わないでください!」
「そうかな? この前、中庭で君以外の女性と楽しげに話している彼を見かけたけど」
「そ、それは……友だちとして仲良くしてるって……」
「そんな言い訳を本当に信じてるの?」
「……信じてます」
そう答えたものの、中庭での二人の仲睦まじい様子を思い出し、ヴェロニカの声は沈んだ。
「僕なら君にそんな顔させないのに」
思いがけない一言に、ヴェロニカは息を呑んだ。
顔を上げると、ルシアンの瞳が真っ直ぐに彼女を捉えていた。
いつもと違う、どこか艶やかな光を宿したその眼差しに、ヴェロニカは戸惑い、思わず視線を逸らした。
「彼は……ひとりぼっちだった私に初めて優しくしてくれたんです……」
ヴェロニカが生まれた国では、一部の人間に魔法の才能が宿る。
王族や貴族の血を引く者には、6歳になる頃には、ほとんど例外なくその力が備わっていた。
しかし、ヴェロニカにはその力が宿らなかった。家族や周囲から冷遇されていたヴェロニカにとって、偏見なく接してくれた婚約者のカイルは特別だった。
「ごめん、ごめん。君が彼の味方ばかりするから、ちょっと意地悪をしたくなっちゃったんだ」
そう言って、ルシアンは自分の頬をかいた。
「友だちを取られたみたいで、少し寂しかったんだ……」
申し訳なさそうに俯いているルシアンに、ヴェロニカは目を瞬いた。
いつも偉そうなルシアンが捨てられた子犬のような表情をしていたからだ。
その様子を見ていたら、なぜかこちらが悪いような気がしてきた。
「しょ、しょうがないですね! 許してあげますよ!」
すると、ルシアンの顔がパアッと輝いた。
「ありがとう、ヴェロニカ嬢! 君はやっぱりチョロ……、優しいね!」
「今、チョロいって言いかけませんでした?」
「気のせいだよ。それより、お願いがあるんだけど」
「……命令の間違いですよね? 私はあなたの犬なんですから」
その瞬間、ルシアンは満足げに目を細めた。
「安心したよ、君に飼い犬の自覚があって」
「……」
さっきは友だちって言ったのに……。
ヴェロニカは心が少しモヤモヤとした。
「それで、お願いって何ですか?」
「お弁当を作ってきてよ。婚約者君がいつも食べてるみたいな」
ヴェロニカは目を瞬いた。
「……そんなことでいいんですか?」
「だめかな?」
ルシアンは不安げにヴェロニカを見つめている。
ヴェロニカは深いため息をついた。
そんな顔をされたら断れないじゃない。
「別にいいですけど……」
「本当かい? ありがとう。明日の昼食が楽しみだよ」
嬉しそうなルシアンに、ヴェロニカは少し心が温かくなるのを感じた。
翌日。生徒会室。
「おいしい! 君は料理の天才だね!」
「……褒めすぎですよ」
ヴェロニカが照れながら答えると、ルシアンはじっとお弁当を見つめた。
「おいしいだけじゃなくて、体が軽くなる感じがする。これ、魔力も込めてる?」
「えっ……!?」
彩りよく野菜や肉を詰めた弁当。そして、ルシアンの体調が整うようにほんの少しだけ魔法をかけている。
「申し訳ありません。嫌でしたよね……私なんかの魔法をかけられて」
ヴェロニカが俯くと、ルシアンは不思議そうに首を傾げた。
「どうしてそんなことを言うの?」
「だって、発動条件が変だし……それに、かわいくないじゃないですか」
自信なさげに話すヴェロニカに、ルシアンは目を丸くした。
「もしかして……それが理由で魔法が使えることを隠しているの?」
「……はい」
いじけたようにヴェロニカが答えたときだった。
「……ふふっ」
ルシアンは笑いを堪えるように顔を背けた。
「な、なんで笑ってるんですか! 私は本気で悩んでいるんですよ!?」
「ごめん……あまりにも君がかわいくて」
「はあぁ!? かわいい!? どこがですが!」
「全部」
「ぜっ……!? う、嘘つかないでください!」
「嘘じゃない。それに……」
ルシアンはゆっくりとヴェロニカを見つめた。
「君の魔法は本当にすごいよ」
その言葉を聞いた瞬間、怒りがスッとなくなった。ルシアンの表情からはふざけた様子はなく、真摯な気持ちが伝わってきた。
批判されるとばかり思っていたのに、まさか褒められるとは……。
婚約者の横に立っていても恥ずかしくない自分でありたい。
その思いで、魔法をどうにか使えないか試行錯誤してきた。
その結果、空手の型を取ればなぜか魔法を発動できるようになった。
しかし、かわいくない自分の魔法にずっと自信が持てなかった。
初めて自分の奇抜な魔法を認められたヴェロニカは心の隙間が埋まっていく気がした。
「う〜ん! 本当に君のお弁当はおいしいね」
素直な褒め言葉にヴェロニカは頬を赤らめた。
「いや……そんなことは」
「じゃあ、明日もお願いね」
「はい?」
「君は僕の犬なんだから、いいでしょ?」
「……分かりました」
そう渋々返事をして見せたヴェロニカだったが、心の中では明日のお弁当作りを楽しみに感じていた。
その日の放課後。
中庭を歩いていると、聞き慣れた声が耳に届いた。
「ヴェロニカ、ちょっといい?」
振り向くと、婚約者のカイルが立っていた。
その隣には、彼が“友だち”だと言っていた令嬢が寄り添っている。
胸がざわついた。
「話って……何?」
カイルは一度だけ息を吸い込み、そして。
「君との婚約を破棄したい」
その一言で、ヴェロニカの世界が、音を立てて崩れた。
「………本気なの?」
ようやくヴェロニカはそう尋ねることができた。心臓の鼓動が速くなり、息苦しい。
「ああ、本気だ」
カイルの一言が刃物のようにヴェロニカの胸に突き刺さった。そんな彼女に追い討ちをかけるようにカイルは続ける。
「僕は彼女に出会って、本当の愛を知ったんだ」
「もう、カイルったら……」
令嬢が照れくさそうに頬を赤く染める。そんな彼女の姿をカイルはまるで宝物を見るような目で令嬢を見つめていた。
その光景を前に、ヴェロニカは言葉を失った。
ーー私とカイルは愛し合っている。
そう信じていたのは、自分だけだった。
カイルにとって私は家柄だけの存在。
私自身はただの条件でしかなかった。
煩わしくて、疎ましい存在。
それが現実だった。
「……もう、好きにしてちょうだい」
ヴェロニカは吐き捨てるように言った。
これ以上、何を言っても無駄だと悟ったからだ。
「ヴェロニカ、ありがとう」
カイルは爽やかな笑みを浮かべている。
少しは申し訳なさそうにしなさいよ。
ヴェロニカは俯き、歯を噛み締めた。
どうして私はこんな男のために何年も努力してきたんだろう……。
あの笑顔を信じて、あの言葉に縋って。
全部、無駄だった。
それならもう……いいか。
「でも、最後にお願いがあるの」
ヴェロニカは顔を上げて、にこりと微笑んだ。
「お願いって?」
カイルは怪訝そうに眉間を寄せた。
「本当の私を見てちょうだい」
その言葉と同時に、ヴェロニカは静かに一歩前に出た。
空手の型を取るようにしなやかに構える。
そして、右手を鋭く振り下ろした。
ーーズンッ!
空気が震え、カイルの背後にあった木がメキメキと音を立て、ゆっくりと倒れた。
「ヴェ、ヴェロニカ……今のは?」
カイルは真っ青になり、後ずさった。
隣のイザベルはガタガタ震えている。
「実は私、魔法が使えるの」
ヴェロニカは静かに微笑んだ。
「は……?」
カイルは口を開けたまま、言葉が出てこない。
「ずっと黙っていて、ごめんなさい。だって、この姿はかわいくないから、あなたに見せたくなかったの」
ヴェロニカはそっと髪をかき上げた。
その瞳にはもう迷いも恐れもなかった。
「でも……もう、関係ないわね」
ヴェロニカはボクサーのように構え、軽やかにジャンプした。
「……ヴェロニカ?」
戸惑いの色を浮かべたその顔に、ヴェロニカはにっこりと微笑んだ。
そして、大きく息を吸い込む。
「カイル、今までありがとうーーそして、お幸せに!!」
その瞬間、ヴェロニカの拳が強烈な一直線にカイルのみぞおちへめり込んだ。
「ゴホオォ!!」
カイルは呻き声を上げ、まるで紙くずのように数メートル吹っ飛んだ。
「カ、カイル!?」
令嬢は悲鳴を上げ、オロオロと駆け寄る。
そんな様子を見届けたヴェロニカは穏やかな笑みを浮かべながらそっと呟いた。
「さようなら、私の初恋」
風が吹き抜け、ヴェロニカの髪がふわりと揺れた。彼女はもう振り返らなかった。
3ヶ月後。生徒会室。
「君、元婚約者の話は聞いたかい?」
ルシアンは机越しにヴェロニカを見つめながら、何気ない調子で尋ねた。
「ああ……婚約破棄された話ですか?」
「君と別れてから、成績が落ちて、振られたらしいよ? 自業自得だよね」
口元に浮かんだのは、どこか意地の悪い笑みだった。その顔を見て、ヴェロニカは思わずため息をつく。
「やけに嬉しそうですね?」
「僕のかわいい飼い犬に酷いことをした奴が報いを受けたんだ。嬉しいに決まってる」
「……そうですか」
犬と言われ、ヴェロニカは素直に喜ぶことができなかった。
「ん? 不服そうだね」
「犬扱いされて喜ぶ人がいると思いますか?」
ジロリとヴェロニカが睨むと、ルシアンはにこりと微笑んだ。
「じゃあ、飼い犬から婚約者になる?」
「はい?」
ヴェロニカはあんぐりと口を開けた。
ルシアンはにこにこと笑っているばかりだ。
「僕と結婚したら、生活には困らせないよ?」
突然の言葉とともに、ルシアンがぎゅっとヴェロニカの両手を握った。見つめる眼差しはいつになく真剣だ。
ヴェロニカの胸がドクンと大きく鳴った。
「い、いや……私はそんな……相手を利用するような結婚は……」
言葉を探しながら、視線が泳ぐ。
いつもと雰囲気が違うルシアンに、心が追いつかない。
そんなヴェロニカを見て、ルシアンはふっと口元を緩めた。
「僕は気にしないよ? 君に好きになってもらう自信はあるし。それに、案外、君はチョロいからね」
「チョ、チョロい!? 私が!?」
「うん。元婚約君の嘘を簡単に信じてたし」
「うぐっ! そ、それは……」
痛いところをつかれたヴェロニカが言葉に詰まっていると、
「じゃあ、ゲームをしよう」
「え?」
「1年後、君が僕を好きにならなければ、この話はなかったことにしてあげる」
「……いいんですか? だいぶ私に有利ですけど」
「構わないよ」
ルシアンは自信たっぷりに頷いた。その目には、どこか勝利を確信しているような光が宿っていた。
「……分かりました、受けて立ちます」
上手い断り文句が思いつかなかったヴェロニカは、そう答えるしかなかった。
けれど、胸の奥がほんの少しだけ、温かくなるのを感じていた。
こうして、ルシアンとヴェロニカの、1年越しの恋のゲームが始まったのだった
最後までお読みくださり、ありがとうございます。
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本作の連載版もあります。
少し内容が違い、ヴェロニカの転生前や、ルシアンがヴェロニカを好きになった過去話などを追加してます。
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