6.夫婦の後日談
ケンタウロスに轢かれたあと、俺はM市の総合病院のベッドの上で目を覚ました。交通事故に遭ったのだと、看護師さんが教えてくれた。
しかし、警察が近くの防犯カメラを確認しても、俺が公園の前で吹っ飛んでいった映像が残っているだけだった。道路にタイヤの跡はなく、もちろん蹄の跡もなかった。そして、俺の「ケンタウロスに轢かれた」という証言に別の疑いをかけられ、脳とクスリの精密検査を受けさせられた。その日は酒も飲んでいないし、捜査する警察の皆さんは怖いしで、途中から「強い風に吹かれただけかもしれません」と訂正して事なきを得た。それがちょうどグループホームで何者かにガラスが砕かれ、早苗の祖母、アンナおばあちゃんが誘拐される大事件が起きたころだ。早苗と早苗の両親がてんてこ舞いだった日に、俺はわざわざ新たなトラブルとなって息を吹き返したことになる。
事故にあった当日、夕方頃に疲れた顔の早苗は病院にやってきた。俺の顔を見て息を吐き、静かにパイプ椅子に腰かけた。
「ごめん」
「どの件の謝罪?」
「浮気した件について」
「許さない」
それはそうだなと頷き、また頭を下げる。バレたあとに、誠意のある対応ができなかった。どう償うかより、保身を考えていたし、自分のやったことの重さを軽く考えようともしていた。
「あんたがよそで女つくったこともサイアクなんだけどね、一番嫌だったのはさ」
早苗が俺の目を見て、一呼吸置いた。
「隠して、嘘ついてたこと」
「ごめん」
「うちのおばあちゃん。認知が進んで、私が孫だってわからなくなってたじゃん。私、今日も別の誰かを演じてきたんだよ」
早苗の目から一筋の涙が伝った。昨夜の激情ではなく、とても静かな怒りだ。早苗の目ははれぼったく、ずっと泣いていたことがわかる。そこまで追い込んでしまった。
「そんな嘘でもずっと胸が苦しいのに、あんたも私がわかんないだろうからって、嘘つき続けるつもりだったの?」
冷めた怒りに言葉が詰まった。このまま隠し通して、優しいままの早苗がいたとして、俺はそれを平気で受け入れられるのだろうか。なんのけじめもつけずに、現状維持で夫婦を続けるのはとてもおぞましい行いだと気が付いた。
「本当にごめん」
「わかったならいい」
早苗は俺を許してはいないけれど、それ以上浮気について責めはしなかった。
「それで、病院からの電話で交通事故って聞いたんだけど」
「にわかには信じられないと思うんだけどな……」
隠しごとはできないので、俺は正直に伝えた。
「今朝、ケンタウロスに轢かれたんだ」
「信じる」
早苗は即答して、そこで俺はアンナおばあちゃんの話を聞かされた。ケンタウロスが故意にぶつかってきたのかはわからないが、夏川家過激派の守護神の可能性が出てきて、俺は金輪際、嘘と浮気と隠し事をしないと心に誓った。(了)




