ひとりじゃなかった
3月3日
ここ数日、ずっと雨が続いている。外に出ると、冷たい風がまるで冬の冷房みたいに、ひやりと体を包み込む。……それでも、お布団の中だけはあたたかい。
「つまり、それが今日遅刻した理由なの?」
先生は腕を組み、教壇の上から私を見下ろした。その目つきは、思わず体がこわばるほど冷たく感じた。
私はリュックの肩ひもをぎゅっと握りしめ、教室の入り口で立ち尽くす。つま先でそっと靴をこすることしかできない。
「す、すみません……先生。」声が震えて、今にも泣き出しそうになる。
「後ろに立って五分間。頭を冷やしなさい。」先生の声は、少しだけ強くなった。
返事をしたら泣き声になってしまいそうで、私は黙ったままうつむき、教室の後ろへ歩いた。誰にも涙を見られないように。
涙は目の奥でぐるぐると渦を巻き、今にもあふれそうだった。必死にこらえたけれど、それでも数滴、こぼれてしまう。
授業が終わり、私は机を片づけていると、先生が目の前に立った。
「職員室に来なさい。」その一言が、胸にずしんと落ちた。
わざと少し距離をあけながら、のろのろと後ろをついていく。また叱られるのだと思うと、足取りはさらに重くなる。
それでも、職員室に着いてしまう。先生の机の前に立つと、心臓がどきどきと鳴りやまない。
「さっきは……怖がらせてしまったかな?」
突然、先生の声がやわらかくなった。視線も、さっきとは違って優しい。
「い、いえ……」
そう答えた瞬間、言葉より先に涙があふれた。
「はいはい、泣かないの。」
先生はティッシュを差し出し、こぼれそうな涙をそっと拭ってくれる。
椅子に座るよう促され、落ち着くまで待ってくれた。背中を軽くぽんぽんと叩きながら言う。
「女の子だからって、そんなに泣き虫じゃだめだよ。」
「……わ、わかってます。」
途切れ途切れに答える。
「こ、これは……先生のせいじゃ……ないです。」
もう片方の手は、気づけば強く握りしめていた。
「小さい頃から……自分が悪いって分かってても……どうしても……涙が出ちゃって……」
言葉に、しゃくりあげる声が混じる。
「そうだったんだね。じゃあ、これからは少しずつ気をつけよう。」
先生の表情は、ずいぶん穏やかになっていた。
「ここで落ち着いてから戻りなさい。涙を拭いてね。」
「……はい。」
教室に戻ったころには、もう次の授業が始まっていた。
私はそっと扉の前に立ち、横目で教室を見渡す。小野やルームメイトたちが、みんなこちらを見ている。
「入りなさい。小山先生から聞いていますよ。」
担当の先生が静かに言った。
やがてお昼休み。
私はこっそり教室を抜け出し、小野たちを避けるように食堂の隅へ座った。うつむいたまま、静かにご飯を口へ運ぶ。
すると、向かいに一膳、ことんと置かれた。
横に少しずれると、さらにもう一つ。
顔を上げると、小野と井上たちだった。
「もう、食べるなら声かけてよ。」
小野は笑いながら腰を下ろす。
「ずるいよね。」と井上も続けた。
その瞬間、また涙がじわっとこみ上げる。
「大丈夫? また先生に怒られたの?」
小野が箸を止め、心配そうにのぞき込む。みんなが、何も言わずにこちらを見ていた。
「う、ううん……違うの……」
「もしあの先生がいじめたなら、私たちが言いに行くよ!」
井上がむっとした顔で言う。
私はあわてて、今日のことを小さな声で説明した。
「そっか……そういうことだったんだ。」
小野はほっと息をつき、まっすぐ私を見る。
「でもね、つらい思いをしたら、ちゃんと私たちに言うんだよ。」
「……うん。」
涙声のまま、それでも一生懸命笑ってみせた。みんなも、やわらかく笑ってくれた。
一緒にご飯を食べながら、私は心の中でそっとつぶやく。
――次は、少しだけ長くこらえられますように
私は小さい頃から、なかなか涙を止められません。
自分が間違えたときだけでなく、理由が何であっても、すぐに涙が出てしまいます。
また、誰かが泣いているのを見ると、つられて涙がこぼれてしまいます。
たとえその人とけんかをして、勝ったとしても、相手が悲しそうな顔をしていると、私まで苦しくなってしまうのです。




