少しだけ、がんばる
3月2日
雨霧が空をやわらかく包み込み、まるで薄いヴェールをかけたみたいだった。
新学期初日の授業。今日はちゃんとしなきゃ、と思う。
そう思って、私は深く息を吸い、胸をぴんと張って、なんでもできそうな顔をしてみせた。
小野とルームメイトたちが傘を差してやってきて、そんな私を見てくすっと笑う。
教室に入ってみると、授業は思っていたほど面白くなくて、先生の声は耳元でふわふわと漂っている。
私は窓の外を眺めた。雨粒が葉っぱを叩く、そのひんやりとした気配のほうが、少しだけ心地いい。
「そこのあなた、授業に集中しなさい。窓の外にはテストに出る内容はないわよ。」
びくっとして、私はぱっと立ち上がった。
「は、はい……すみません。」先生は困ったように首を振る。
私は机に手をつき、黒板の文字を見つめる。
それでも、つい横の時計に目がいってしまう。
短針はのろのろと、お昼へ向かっている。
チャイムが鳴った瞬間、視界が少しだけ明るくなった気がした。
小野とルームメイトたちがすぐにやってきて、一緒に食堂へ行こうと誘ってくれる。
今日の昼ごはんはうどん。
コシのある太い麺に、塩気のきいたスープが絡む。何口か食べるうちに、朝のだるさがすうっと引いていった。
「ふふ、そんなに急がなくていいよ。」
小野は、私が麺を勢いよくすすって、そのままスープを飲む様子を見て、目を細めた。
「えへへ、ごめんね。」少しだけ照れくさくなって、笑う。
食後、小野は私の手を引いて運動場を歩いた。
グラウンドは広くて、前の学校よりずっと大きい。
外側に並ぶ木々は、遠くから見ると小さな緑のかたまりみたいだ。
肩を並べてトラックを歩く。
風はまだ少し冷たい。
「ちゃんと勉強しなきゃだめだよ。サボっちゃいけないからね。」笑いながらも、少しだけ真面目な声。
「うん、わかってる。」私は視線を景色のほうへ流す。
「そうしないと、自分の特技だって持てないんだから。」
その言葉を聞いた瞬間、私はふいに立ち止まった。
「自分の特技……」
小野が振り返る。
「そんなに意地張らないで。」やわらかい声。
「うん、ごめんね。」急いで彼女に追いつく。
「どうしたの? 何か思い出した?」背中をぽん、と軽く叩かれる。
「ううん、なんでもない。ただ……お父さんが言ってたことを思い出しただけ。」
「そっか。」
小野はそれ以上聞かず、また歩き出す。
もし本当に何か身についたら——
そこから先は、うまく考えられなかった。
やがて夜がゆっくり降りてくる。
空を飛んでいた鳥も、いつの間にか見えなくなっていた。
私も寮に戻り、本を整理してから、朝の教科書を開く。
文字を追いながら、ときどき小野の言葉が浮かぶ。
浴室にはあたたかな湯気が立ちこめている。
小さな椅子に座りながら、ふと考える。
今ごろ、兄さまは何をしているのかな。
もう夕ごはんは食べただろうか。
そんなことを思っているうちに、思ったより長くお湯に浸かっていたことに気づいた。
お風呂から出て、
私はしばらくスマホを手にしたまま、画面を見つめていた。




