表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/18

星が見えた夜

2月28日

学校に着いたころ、空は巻き取られる絵巻のように、ゆっくりと閉じていくようだった。重たく垂れこめた曇り空。


目を細めてしばらく見上げてみたけれど、星はひとつも見えなかった。


道すがら、見知らぬ人たちが絶え間なく私の横を通り過ぎていく。


目に見えない流れに押されるように、私は一歩ずつ寮へ向かった。


部屋にはベッドが四つ、きれいに並んでいる。広さはちょうどいい。でも、いちばん奥の一台だけが静かに残っていた。


荷物を下ろし、服を丁寧に畳んでクローゼットにしまっていく。


ただ一着だけ――あのワンピースだけは、そっとハンガーにかけた。


バルコニーに出て、家に電話をかける。


「もしもし。」


「兄さま、寮に着いたよ。」


「着いたか。よかった。まだ食べてないだろ? その時間だと食堂は閉まってるかもな。何か買って、ちゃんとお腹に入れろよ。」


「うん、兄さま。」


通話を切ったあと、しばらく携帯を握ったままでいた。


これ以上声を聞いていたら、きっと胸の奥がほどけてしまいそうだった。


「え、今“兄さま”って言った?」

振り向くと、背の高い女の子が立っている。


「家に電話してたの? “兄さま”って呼ぶ人、ちょっと珍しいよね。」彼女はにこっと笑った。


「うん……小さいころから、ずっとそう呼んでるから。」少しだけ後ろに下がりながら答える。


彼女は気にする様子もなく、手を差し出し

た。


「私、小野。」差し出された手を数秒見つめてから、そっと握る。


その手は、思っていたよりあたたかかった。

小さな声で、自分の名前を伝える。


やがて他のルームメイトも戻ってきて、挨拶を交わした。ベッドを整え終えると、小野がくるっと振り向く。


「ちょっと外、歩いてみない? 雨上がりの空気って気持ちいいよ。」


「うん、ありがとう。」


雨に濡れた道はまだ湿っていて、水たまりを踏む音が静かに響く。


小野が私の手を引き、キャンパスのあちこちを案内してくれた。


途中でコンビニに寄り、おにぎりを二つ買う。


「ありがとう、小野。明日からの授業、きっと一人じゃ迷ってた。」


ベンチに並んで座り、一つを差し出す。


「じゃあ遠慮なく!」


大げさに口を開けたのに、実際はちょこんと小さくかじる。


思わず笑うと、彼女もつられて笑った。少し湿ったベンチの上で、肩を並べる。


温めたばかりのおにぎりのぬくもりが、指先からゆっくり胸の奥へ広がっていった。


夜、そっとバルコニーに出て、黒く沈んだ空を見上げる。


今夜は、いくつかの星が瞬いていた。


墨色の空の奥で、小さく、確かに光っている。


月も、きっとどこかで待っている…

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ