第2話 轟音
「すず、おまたせー!」
私の方が着くのは遅かった。
「だから、今日はレナだってー」
「ごめんごめん。レナ、いこう」
私はレナを連れて、歩き出した。レナは、少しロックめな服装だった。白いTシャツに黒の少し透け感のあるトップスをうまく重ねていて、スカートは黒のすこし短めのもの。体が細いレナは、何を着ても似合うから、うらやましかった。
「ねぇねぇダイヤやると思う?アリサも好きじゃなかった?」
「あー、ダイヤね、やってくれるといいよねー」
バスに乗って、地下鉄に乗って、乗り換えて、小一時間ほどでホールに着くと、会場前にはまだ早いのにたくさんの人が集まっていて、年上の派手で綺麗なお姉さんがたくさんいるなか、ほとんどノーメイクの私は少し恥ずかしいような場違いなような気持ちになった。けれどそんなことはすぐに忘れて、会場前の公園で写真を撮ったり、レナと色んなことを話したりしていたら、だんだんみんながざわざわして動き出したから、私たちもチケットを確認して同じ方向に向かった。ここは初めてのホールだった。入り口を入ると、少し重厚なイメージのするロビーが印象的で、左奥の方の壁沿いには確か花がならんでいた。
──なぜか、そこから記憶が、ないんだ。
思い出せるのは、会場のロビーの景色をすこしと、席はまえから20列目くらいだったことと、通路側の右端にはレナがいて、そのとなりに私がいたってこと。そして、あの銀テープの瞬間2秒。テープには確か手が届かなかったっていうこと。
たったそれだけの記憶しか思い出せない。
その次に覚えているのは、翌朝に起きたら、まるで隣で飛行機が離陸しているみたいな低い轟音が左耳に鳴っていたっていうこと──
それは、ちょうどゴールデンウイーク明けだった。
♢
時が流れ、年だけは大人になった私の耳ではあの時と同じように左耳に轟音が鳴っていた。また春だった。12時からの仕事だからとゆっくり寝ていて、起きたらすぐに異変に気付いた。これは、耳鳴りだ。慌てて仕事前に近くの耳鼻科を調べて駆け込んだ。
耳鳴りの治療は早いほうがいい。その知識は持っていた。
高校生の時に何日か放っておいてしまった私は、丁寧に親身に診察をしてくれた女医さんに泣きそうな顔で言われたんだったっけ。
「もっと早く来なくちゃー。お薬が効かなかったら入院して点滴することになるのよ。間に合うといいんだけど」
その時はお気楽に「まぁその時は入院したらいいか」くらいに楽観的に考えていた。若かったな。ほんとうに、あの時は治ってよかった。クラスの友達に、もしかしたら入院になるかもって伝えたら、泣きそうな顔で抱きつかれたのを覚えている。ふわふわとした可愛い子だった。
そんなことを回想しながら待合室で待っていると、診察室から顔を出した看護婦さんに呼ばれた。病状を伝えると、少し診察された後に小さな防音室に案内されて検査が始まった。すぐに結果は出た。グラフのようなものを見せられる。
「いやー、過労かストレスでしょうねぇ」
白衣の耳鼻科医は、感じよく明るく「突発性低音部難聴」だと診断をした。あの、聴力検査の個室は嫌いだ。狭くて息苦しいから。
薬をもらって、医院を後にした。
中庭のあるその耳鼻科は古いけれど気に入った。この町で耳鼻科に来るのは初めてだな。またなんでもなく治るといいんだけど。入院とかになったらいやだなぁ。
私は、そんなことをおもいながら、いつもの仕事へと向かった。
そつなく仕事をこなすのは苦手で、どうしてもいつも全力投球になってしまうから、家に帰るとどっと疲れが押し寄せる。
左耳の耳鳴りと軽い眩暈を抱えて立ち仕事をするのは、ひと苦労だった。
家に帰っても耳鳴りがうるさくて落ち着かないから、私はベランダに出て星のない夜空を見上げていた。




