表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その悪魔が願う未来  作者: 暁 龍弥


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/52

第9話「終わらない時間を守るために」

 朝の森は、夜より静かだ。


 鳥の囀りも、風のざわめきも、魔物の咆哮も――

 全部遠くに聞こえる。

 自分と世界の間に、透明な膜があるような感覚だった。


 俺は焚き火の灰を払いながら伸びをした。


「今日も……いい一日になりそうだ」


 明るい声。

 気分の良い笑顔。

 しかし、言っている内容は日常ではなく“異常の継続”。



 焚き火の向こうに、仲間たちの影が揺れている。


「何をするか……みんな、意見ある?」


 問いかけると、声が返ってきた。


「狩りだろ」

「強い敵と戦わなきゃ、鈍るぞ」

「今日の肉はどんな味かな」

「行ってらっしゃい、みんなのために」


 仲間の“幻覚の声”は、以前より滑らかで自然だった。

 反応は速く、会話として成立している。


 違和感はない。

 いや――違和感を感じないことが、違和感だった。


 だが俺は疑わなかった。


「そうだよな。強くならなきゃ。

 もっと上手く狩れるようになれば――みんなを守れる」


 その思考は、かつての俺とは真逆だった。

 もう“旅の目的”も“倒すべき敵”も存在しないのに、狩り続ける意味を仲間の声が作り上げていく。



 森の奥へ進む途中、ふと懐かしい記憶が浮かんだ。


「そういえば、旅の途中でさ……俺、みんなを助けたことがあったよな」


 自然に話し出す。


「あの時、洞窟でドラゴンに遭遇した時さ。

 俺が一人で斬り込みに入って、時間を稼いで――

 みんなを助けた」


 その記憶に、仲間の影が反応する。


「そうだ、お前がいなきゃ全滅だった」

「さすがだよ、アルス」

「あなたのおかげで生きてこれた」

「英雄だよ」


 胸が熱くなる。


 しかし――

 現実は違う。

 あの時ドラゴンの注意を引いたのは勇者カインだった。

 俺は震えて動けなかった。

 助けたのは俺じゃない。


 だが今、脳は違う形で記憶を“保存し直した”。


「……そっか。俺だったよな」


 訂正しない。

 違和感を覚えない。

 むしろ――誇らしい感触だけが残る。



 それから数時間後。

 別の魔物との戦闘が始まった。


 巨大な猪型魔物 ブラッドボア。

 筋肉の塊が突進し、大地が震える。


 普通の人間なら悲鳴をあげる場面――

 しかし俺は、笑った。


「やっぱり……戦闘は気分がいい!」


 時間が歪む。動きが見える。

 呼吸と鼓動と筋肉の動きが、鮮明に感知できる。


 剣が肉を裂き、骨を砕き、血が弧を描いて降り注ぐ。


「きれいだなぁ……!」


 落ち着いた声で、殺戮の景色を讃える。


 仲間の声が背後から重なる。


「もっと深く刺せ」

「速く動け」

「美しく殺せ」

「手を抜くな、楽しいだろう?」


 それは指示であり、命令であり、誘惑だった。


 俺はその全てに従った。


 戦闘ではなく、舞踏。

 殺害ではなく、戯れ。

 血と力の交響曲。


 そして死体が地面に崩れ落ちた瞬間――

 俺の口元には幸福の笑みがあった。



「……美味しそうだ」


 戦闘直後とは思えないほど、日常的な声。


 肉を切り分け、焚き火で焼く。

 手際は慣れすぎていた。


 仲間の席に肉を置き、自分の分を口に運ぶ。


 噛むたびに、脳が痺れ、感覚が爆発する。


「俺は間違ってないよな」


 囁くと、影の仲間たちが一斉に答える。


「正しい」

「間違っていない」

「もっと強くなって」

「ここにいればいい」


 その肯定は、依存であり、束縛であり、呪い。


「ここが……俺の居場所なんだよな」


 俺の言葉に、幻覚は優しく応える。


「そうだ」

「外に出る必要はない」

「森は君を守る」

「君は森に必要だ」


 聞けば聞くほど、心が落ち着く。


 だから疑わない。


「外に出る理由がないなら……出なくていいよな」


 それは宣言。

 願い。

 埋没の始まり。


 焚き火の明かりが俺を照らし、影たちを揺らす。


 夜が深まり、火が消える頃――

 仲間の声が、囁きに変わった。


「ずっと一緒にいよう」

「終わらない時間を作ろう」

「壊れたままでいい」

「狂ったままでいい」

「その方が、私たちを失わずに済むから」


 俺は――優しく笑った。


「うん。終わらせない。誰にも終わらせさせない」


 声は柔らかく、温かく、人間そのものだった。


 しかしその瞳には

 ――世界を焼き尽くす狂気が宿っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ