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その悪魔が願う未来  作者: 暁 龍弥


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第51話「選択の重さ、廃れた道標」

 草原を抜けると、道が現れた。


 舗装はされていない。

 轍は不揃いで、足跡もまばら。

 かつて多くの人が行き交った痕跡はあるが、今は忘れ去られている。


 それでも――道は、道として残っていた。


 世界が均一になる前の、

 人が自分の意思で選び、迷い、進んだ痕。



 リルナは立ち止まり、道の中央に立った。


 左右に分かれている。


 左は、丘を越えて森の影へ続く道。

 右は、川の音が聞こえる低地へ向かう道。


 どちらも危険はある。

 どちらも安全は保証されない。


 街なら、ここに案内板が立つだろう。

 「最適な進路はこちら」と、迷いを排除するために。


 だが、ここには何もない。


 選ぶしかない場所だ。



 リルナが俺を見る。


「……どっちに行くの?」


 問いかけは、依存ではない。

 確認だ。


 俺は答えない。


 代わりに言う。


「決めろ」


 リルナの目が揺れた。


「え……?」


「これは、お前の旅だ」

 俺は静かに言う。

「俺は隣を歩く。

 だが、選択はお前がする」


 その言葉は、

 彼女にとって初めて突きつけられる自由の重さだった。



 リルナは唇を噛む。


 街では、選択はなかった。

 いつ起き、

 どこへ行き、

 何を考えるか――


 すべて決められていた。


 選ばないことが安全だった。

 選ぶことは、間違いとされていた。


 だが今――

 選ばなければ、前に進めない。



 灯が、道の分岐点で揺れる。


 どちらを選んでも否定しない。

 どちらを選んでも助言しない。


 それが灯の立場だ。


 世界を映すが、

 世界を決めはしない。



 リルナは、深く息を吸った。


 風の匂いを嗅ぐ。

 土の湿り気を感じる。

 遠くの水音に耳を澄ます。


 そして、右の道を見る。


 川の音。

 水は命。

 危険もあるが、恵みもある。


 リルナは、ゆっくりと右へ一歩踏み出した。



「……こっち」


 声は小さい。

 だが、揺れていない。


 その瞬間、彼女の背中から、

 目に見えない鎖が一本、外れた気がした。


 俺は頷く。


「いい選択だ」


 評価ではない。

 肯定だ。


 間違いでも、正解でもない。

 選んだこと自体が価値だ。



 道を進む。


 川が近づくにつれ、空気が湿り、

 草の背が高くなる。


 やがて、朽ちた石柱が見えた。


 古い道標だ。


 文字はほとんど削れているが、

 かろうじて読める。


 ――《王都まで三日》


 リルナが目を見開いた。


「王都……?」


 俺は石柱を見つめる。


 かつての王都。

 俺が知っている“滅んだはずの場所”。


 だが、この世界では――

 王都という概念が再利用されている。


 同じ名前。

 同じ役割。

 だが、中身は違う。



「行く?」

 リルナが聞く。


 声には、不安と興味が混ざっている。


 俺は少し考えてから答える。


「すぐには行かない」


「え?」


「王都は、秩序が一番濃い場所だ」

 俺は言う。

「今の俺たちには、少し早い」


 逃走者として、

 感染源として、

 まだ“力”が足りない。


 力とは、武力だけじゃない。

 選択を重ねる力だ。



 リルナは頷いた。


 拒まれたわけじゃない。

 延期されたのだと理解した。


 それだけで、彼女は前より少し大人になった。



 川辺に出る。


 水は澄んでいるが、流れは速い。


 渡るか、

 沿って進むか、

 ここでも選択が必要だ。


 リルナが俺を見る。


 今度は、すぐに答えない。


 少し考え、

 石を拾い、

 川に投げる。


 流れを観察する。


 その姿を見て、

 俺は内心で笑った。


 この子は、もう考えることを恐れていない。



 リルナは言った。


「渡らない。

 沿って行こう」


「理由は?」


「……流れが速すぎる。

 今は、危ない気がする」


 感覚的な判断。

 だが、それでいい。


 旅において、

 すべての理由が言語化できる必要はない。



 俺たちは川沿いを進む。


 しばらく歩くと、

 焚き火の跡が見えた。


 新しい。


 誰かが、最近ここを通った証拠。


 リルナが緊張する。


「……人?」


「ああ」

 俺は言う。

「俺たちだけじゃない」


 この世界には、

 均一に従わなかった者たちが、

 まだどこかにいる。


 逃げた者。

 隠れた者。

 あるいは、最初から外にいた者。



 その夜、俺たちは川の音を背に休んだ。


 焚き火は小さく。

 煙を抑え、光を隠す。


 リルナは火を見つめながら言う。


「ねえ、アルス」


「なんだ」


「選ぶって……

 ちょっと怖いけど、

 嫌いじゃない」


 俺は答える。


「その感覚を忘れるな」


 選択が怖いのは、生きている証拠だ。

 怖くなくなったら、

 また檻が始まる。



 灯が、川面に影を落とす。


 揺れる水に、影が歪む。


 均一ではない。

 不安定だ。


 だが、確かに美しい。


 この世界は、

 まだ終わっていない。


 そして――

 選択を恐れない者が増える限り、

 この世界は何度でもやり直せる。


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