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その悪魔が願う未来  作者: 暁 龍弥


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第45話「再構築された中世の空の下で」

 森を出た瞬間、空気の重さが変わった。


 森の空気は“生命の重さ”だった。

 だが、ここに満ちているものはまったく別の性質だ。


 冷たいわけでも、乾いているわけでもない。

 それでいて暖かくも湿ってもいない。


 どれにも偏らない、均された空気。


 ――“人工的に自然を模した空気”だ。


 自然がそうなったのではなく、

 世界がそう“なるように矯正された”空気。


 最初の一呼吸で、それが分かった。



 見渡せば、かつての中世を思わせる景色が広がっている。


 草原があり、丘があり、舗装されていない土の道がある。

 遠くには砦らしき影と、塔の先端が見える。


 しかし、こちらに向かって流れてくる“文明の気配”は、

 過去に俺が知っていた中世とは根本から違う。


 人が文化を積み上げてきた気配ではない。

 文化そのものが意図的に再構築された気配だ。


 たとえるなら、

 「前の時代の断片を寄せ集めた舞台セットの中で、

  新しいルールに従って世界が再演されている」ような感覚。


 真似事ではなく――

 前の世界への反省から組み替えられた現実。


 それが、この空気に刻まれている。



 灯は、俺の少し前を歩く。

 その影は森にいた頃よりもいくらか明確な人の形になり、

 姿勢には完全に“外を歩く覚悟”があった。


 背筋はまっすぐで、身体の重量配分は完全に地面へ。

 戦うための歩きではなく、観測のための歩き。


 灯は俺の代わりに世界を“受け止める”。


 だが、灯は世界に呑まれない。


 森で得た均衡が、灯を支えている。



 道の脇には、馬車の轍があった。


 深さは一定。

 幅も一定。

 左右の距離は完全に規格化されている。


 馬車の種類も車輪の大きさも違うはずなのに、

 すべての轍が“同じ規格に揃えられている”。


 つまり――


「世界が“揃える方向”へと調整されている」


 俺は小さく呟いた。


 森のように“自然のまま放置された世界”でもない。

 かつての文明圏のように“進歩によって勝手に変化し続けた世界”でもない。


 管理されている。

 だが、管理しているはずの主体が見当たらない。


 それが一番気味が悪い。



 丘を越える。


 視界が大きく開けて――そこに街が見えた。


 高い城壁。

 大きな門。

 塔の尖塔。

 小さな家々の屋根。


 ただし、昔の世界の都市と決定的に違う点がある。


 瓦礫が存在しない。


 建物が古くても、壊れていない。

 修復跡はあるが、崩れたままの場所がひとつもない。


 街は“壊れなかった”のではない。

 壊れることを許さないルールで運営されている。


 その徹底が異常だ。



 城門の手前――

 人影ではなく、兵士のシルエットがあった。


 二人。

 槍を持ち、鎧を身にまとい、門番のように立っている。


 だが、近づくほどに違和感が大きくなる。


 兵士は、“人間の顔をしている”。


 しかし、感情がどこにも浮かんでいない。


 恐怖も、警戒も、警告もない。


 生きている。

 呼吸している。

 体温もある。


 だが――自我が希薄すぎる。


 命令によって動く兵士は昔からいた。

 だが、この兵は違う。


 命令で動くのではなく、

 ルールを守るためだけに存在している。


 ルールが命令の上位にある兵士。


 それは、もはや人間ではない。


 意思が秩序に塗りつぶされている。



 俺は立ち止まった。


 兵士が槍を横に構える――わけでもなく、

 警戒の構えを取る――わけでもなく、


「入城手続きの確認を行う」


 まるで文章を読み上げるような声で言った。


 俺は眉をわずかに寄せた。


 自発的な言い方ではない。

 言葉を喋っているのに、“言語の感触がない”。


 意味を理解して喋っているのではなく、

 喋るという機能を発動させているだけ。


「外界からの来訪者は、名前・目的・持ち物・滞在予定期間を告げよ」


 そこには質問のニュアンスがない。

 感情や判断が介在しないまま、ただルールが口を通している。


 俺は答える。


「名前:アルス

 目的:観察

 持ち物:必要なものだけ

 滞在予定不明」


 それでいいはずなのに――


「“観察”は目的として不明瞭である。

 目的の再定義を要求する。」


 兵士はそう告げた。



 ここで俺は悟った。


 この世界は“終わった世界の反省を踏まえて再構築された”のではなく、


 “終わらせないために、最初からやり直された世界”だ。


 死を恐れて延命した都市のようにしがみつくでもなく、

 街のように自分の意思で静かに滅びを選ぶでもなく、

 成れの果てのように歪んでも生きたいと叫ぶでもなく、


 滅ぶ選択肢を与えない。

 死も、破滅も、衰退も、自由にしない。

 “生かす”ことが最優先の世界。


 生かすために感情を排除し、

 生かすために変化を抑制し、

 生かすために秩序を塗り固める世界。


 それは、**死よりも残酷な“永遠の生”**だ。


 人間の形をした兵士は――この世界の象徴だった。



 兵士は言い続ける。


「目的の再定義を要求する。

 “観察”は滞在権の基準を満たさない。」


 命令口調ではない。

 ただ、ルールが音になっているだけ。


 だからこそ、悪質だ。


 この世界では――

 “目的が曖昧な生き方は許されない”。


 自由奔放な旅人も、

 成長の途中の少年少女も、

 将来のない老人も、

 理想を捨てた敗者も、


 すべて、明確な目的を定義し続けなければならない。


 目的を持たない者は“生存不適合”と判定される。


 その瞬間こそ、この世界が俺の敵になる瞬間だ。


 そして皮肉にも――

 俺の答えは、この世界が最も嫌うものだ。


 だから兵士をまっすぐ見て言った。


「観察は目的じゃない。

 “旅そのものが目的だ”」


 兵士の顔が、かすかに揺れた。


「旅は“手段”であると定義されている。

 目的ではない。」


 そこで、俺は一歩踏み込んだ。


「旅が“目的”になりえる生き方があることを、俺は知っている。」


 この言葉は――

 この世界のルールの根幹を揺らす。



 静寂。

 空気が硬化し、世界の輪郭が一瞬強くなる。


 兵士たちの仮面のような表情に、

 わずかに“判定不能”のノイズが走った。


 数秒――

 世界が判断を迷う。


 そして。


「判定保留。

 入城を許可する。

 滞在期間は“観察の完了まで”とする。

 観察の内容は城内に保管され、

 都市機能向上のために利用される。」


 俺は笑った。


 この世界はまだ壊れる余地がある。


 最初から完璧に閉じていたわけではない。

 ルールが支配したまま永久に続くための“高密度の脆さ”を抱えている。


 なら――攻略の余地がある。



 街に足を踏み入れる。


 灯が俺の隣に立つ。

 この街に入った瞬間、灯の影がほんのわずか不安定に揺れた。


 それだけで分かる。


 この世界は“森と真逆の均衡”を持っている。


 森は放任による秩序。

 この街は管理による秩序。


 どちらが正しいでも、間違っているでもない。

 ただ、相容れない。


 そして俺は、両方を知る者として歩く。


 均衡を乱す存在となる。


 この世界は俺を歓迎しないだろう。

 だが排除しきれるほど強くもない。


 だからこそ、

 面白い。



 門をくぐった瞬間、俺は直感した。


 ――ここで出会う。


 “旅の仲間となる者”と。

 “敵となる者”と。


 そしてその境界は、

 はじめから簡単には見抜けない。


 


 その悪魔が願う未来は、

 新しい世界の秩序と矛盾の中で、

 静かに、しかし確実に動き出した。

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