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その悪魔が願う未来  作者: 暁 龍弥


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第42話「焦げる未来の匂い」

 焚き火が、ゆっくりと燃え続けている。


 外の世界の“残骸”を投げ込んだせいだろうか。

 炎は高揚することなく、深く沈むように燃えている。


 静かなのに、底の方で熱がうねっている。

 触れれば焼けることは分かっているのに、

 見ているだけなら安心できる。


 まるで――俺の未来そのものみたいだ。



 森に帰ってから、しばらく誰も話さなかった。


 語らない報告はすでに済んでいる。

 必要なのは共有ではなく、沈殿だ。


 外の世界で拾ってきた“死ねなかった願い”は、今まさに火の中で形を変えようとしている。


 その燃え落ちる音を邪魔するような言葉は、誰も口にしない。


 ただ、静けさが焚き火の周りに広がっている。



 ふと、リュミエルが口を開いた。


「ねえ、今のアルスってさ、もし外の世界で“救いを求められたら”どうする?」


 問いかけは軽い。

 しかし内容は重い。


 救うかどうかではなく、救いを求められる可能性の話だ。


 俺は少し考えた。


 街は、俺に意味を押し付けようとした。

 都市は、俺を巻き込みに来なかったが、生にしがみつく死骸を残していた。


 次に向かう場所がどういう形であれ――

 そこで“救いを求める存在”が生き残っている可能性はゼロではない。


 リュミエルはそれを、さりげなく確認している。


「……救うつもりはない」


 俺は即答した。


「救いを求める理由が、外の世界の都合ならな」


 リュミエルは唇をゆるく吊り上げた。


「じゃあ、もし“救いたくなるやつ”が現れたら?」


 焚き火の炎が跳ねた。


 仲間たちの視線は向けられない。

 灯も、俺の反応を急かさない。


 考えたこともない質問だった。


 外の世界は滅んだ。

 人間も文明も、意味も理由も捨てた。

 そこには燃やすべき残骸しかない。


 ――はずだった。


 だが。


 “救いたい”という感情が芽生える可能性が完全にないとは限らない。


 それが絶対に嫌かといえば――

 意外と、そうでもない。


「……そいつが“自分のために生きたい”やつなら、見捨てる理由はない」


 答えながら、自分でも笑った。


「だが、“世界のために生きてほしい”とか、“誰かの役に立つから死にたくない”とか、そういう連中は無理だな」


 役割にすがる生は醜い。

 死を否定するための生も醜い。


 だけど、たとえば――

 “ただ生きたい”と思って足掻くなら、それは嫌いではない。


 俺は森に帰ったあとで、それを理解し始めていた。



 バロウが低く笑う。


「どのみちお前は“守るために戦う”タイプじゃなくて、

 “壊すために守る”タイプだからな」


 言われて、心のどこかが妙に納得した。


 守るために壊すのではない。

 壊すこと自体が目的ではない。


 俺がすることはいつだって――

 延命のためでも救済のためでもなく、“続く今”を守るための破壊だ。


 そこに矛盾はない。


 そこに嘘はない。



 カインが焚き火の向こうから静かに言った。


「アルス。お前は“救いが嫌い”なんじゃない。

 “命の取引が嫌い”なんだろう」


 命の価値を条件に換金しようとする行為。

 誰かの幸福を誰かの不幸で支払う行為。


「正義だから」「人類のためだから」「役に立つから」


 そういう理屈で命を縛るやつらが、俺は昔から嫌いだった。


 勇者パーティにいた頃から。


 勇者を救うために仲間が死んだ。

 人類のために街が捨てられた。


 あの時からずっと――

 命を理由に命を秤にかける行為が、俺は不快で仕方なかった。


 それが“死ねなかった都市”のしつこさを見て、はっきりしたのだ。


 俺が嫌悪しているのは“命への依存”だ。



 エリスが、柔らかい声で言った。


「もし外の世界に“生きたいだけの命”がまだあるなら、

 あなたは多分助けるよ」


「助ける、というより拾うだろうな」

 カインが補足する。


「拾う、というより混ぜる?」

 リュミエルが笑う。


「森の土に混ざるような命なら、悪くはないだろう」

 バロウが肩を竦める。


 灯は何も言わない。

 ただ、俺の隣で静かに寄り添っている。


 “救うかどうか”は、森に関係ない。

 俺が決めること。


 森はそれを受け入れるし、拒絶もしない。



 焚き火が、急に小さく揺れた。


 熱気ではなく、予兆の揺れ。


 次の夜が近い。

 次の探索も近い。

 森編の終わりも近い。


 その合図だ。


 今の俺は、外の世界の“残骸”を燃やし、

 “死ななかった執念”を燃やした。


 次に燃やすべきは、森の外の“生き残り”そのものだ。


 外の世界にまだ生命があるなら――それを見届ける。


 生きているのか、死んでいるのか。

 その境界を曖昧にしたまま触れるのではなく、

 はっきりと――判別する。


 それが、次の夜だ。



「アルス」


 リュミエルの呼び方が一段階だけ低くなる。


「覚悟しておいて。

 次の場所には、命がある」


 エリスが火を見たまま呟く。


「でも、人ではない」


 カインが淡々と付け足す。


「人から外れたあとで、まだ生きてるやつらだ」

 バロウが息を吐く。


 灯が影を揺らす。


 外の世界の方角へ向けて。


 その揺れはこう語っていた。


「次は、“生き残った者”の場所だ」



 その瞬間、焚き火の炎が――青く染まった。


 森の夜が、血肉を持った意思を剥き出しにする。


 外の世界を回る旅は、残骸と骸だけでは終わらない。


 次は、まだ息をしている“何か”がいる。

 そしてそれは、生きているがゆえに危険だ。


 俺は深く息を吸う。


 恐怖でも興奮でもない。

 ただ、動く前の静けさ。



「行く」


 短い言葉。


 灯は寄り添い、

 狼は森の奥から顔を上げ、

 仲間たちは自分の居場所のまま、それを受け入れる。


 誰も見送らない。

 誰も止めない。

 誰も期待しない。


 ただ――当然として認める。



 焚き火の炎は青のまま。

 夜は濃いまま。

 空気は熱く、森は深く。


 次に森を出るとき、

 俺は“死でも生でもない何か”と向き合う。


 それは敵か味方かではない。


 俺が混ぜるか、焼くか。

 そこだけが問題だ。


 


 その悪魔が願う未来は、

 焦げる未来の匂いを胸に吸い込みながら、

 次の一歩へと静かに備えていた。

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