第42話「焦げる未来の匂い」
焚き火が、ゆっくりと燃え続けている。
外の世界の“残骸”を投げ込んだせいだろうか。
炎は高揚することなく、深く沈むように燃えている。
静かなのに、底の方で熱がうねっている。
触れれば焼けることは分かっているのに、
見ているだけなら安心できる。
まるで――俺の未来そのものみたいだ。
◆
森に帰ってから、しばらく誰も話さなかった。
語らない報告はすでに済んでいる。
必要なのは共有ではなく、沈殿だ。
外の世界で拾ってきた“死ねなかった願い”は、今まさに火の中で形を変えようとしている。
その燃え落ちる音を邪魔するような言葉は、誰も口にしない。
ただ、静けさが焚き火の周りに広がっている。
◆
ふと、リュミエルが口を開いた。
「ねえ、今のアルスってさ、もし外の世界で“救いを求められたら”どうする?」
問いかけは軽い。
しかし内容は重い。
救うかどうかではなく、救いを求められる可能性の話だ。
俺は少し考えた。
街は、俺に意味を押し付けようとした。
都市は、俺を巻き込みに来なかったが、生にしがみつく死骸を残していた。
次に向かう場所がどういう形であれ――
そこで“救いを求める存在”が生き残っている可能性はゼロではない。
リュミエルはそれを、さりげなく確認している。
「……救うつもりはない」
俺は即答した。
「救いを求める理由が、外の世界の都合ならな」
リュミエルは唇をゆるく吊り上げた。
「じゃあ、もし“救いたくなるやつ”が現れたら?」
焚き火の炎が跳ねた。
仲間たちの視線は向けられない。
灯も、俺の反応を急かさない。
考えたこともない質問だった。
外の世界は滅んだ。
人間も文明も、意味も理由も捨てた。
そこには燃やすべき残骸しかない。
――はずだった。
だが。
“救いたい”という感情が芽生える可能性が完全にないとは限らない。
それが絶対に嫌かといえば――
意外と、そうでもない。
「……そいつが“自分のために生きたい”やつなら、見捨てる理由はない」
答えながら、自分でも笑った。
「だが、“世界のために生きてほしい”とか、“誰かの役に立つから死にたくない”とか、そういう連中は無理だな」
役割にすがる生は醜い。
死を否定するための生も醜い。
だけど、たとえば――
“ただ生きたい”と思って足掻くなら、それは嫌いではない。
俺は森に帰ったあとで、それを理解し始めていた。
◆
バロウが低く笑う。
「どのみちお前は“守るために戦う”タイプじゃなくて、
“壊すために守る”タイプだからな」
言われて、心のどこかが妙に納得した。
守るために壊すのではない。
壊すこと自体が目的ではない。
俺がすることはいつだって――
延命のためでも救済のためでもなく、“続く今”を守るための破壊だ。
そこに矛盾はない。
そこに嘘はない。
◆
カインが焚き火の向こうから静かに言った。
「アルス。お前は“救いが嫌い”なんじゃない。
“命の取引が嫌い”なんだろう」
命の価値を条件に換金しようとする行為。
誰かの幸福を誰かの不幸で支払う行為。
「正義だから」「人類のためだから」「役に立つから」
そういう理屈で命を縛るやつらが、俺は昔から嫌いだった。
勇者パーティにいた頃から。
勇者を救うために仲間が死んだ。
人類のために街が捨てられた。
あの時からずっと――
命を理由に命を秤にかける行為が、俺は不快で仕方なかった。
それが“死ねなかった都市”のしつこさを見て、はっきりしたのだ。
俺が嫌悪しているのは“命への依存”だ。
◆
エリスが、柔らかい声で言った。
「もし外の世界に“生きたいだけの命”がまだあるなら、
あなたは多分助けるよ」
「助ける、というより拾うだろうな」
カインが補足する。
「拾う、というより混ぜる?」
リュミエルが笑う。
「森の土に混ざるような命なら、悪くはないだろう」
バロウが肩を竦める。
灯は何も言わない。
ただ、俺の隣で静かに寄り添っている。
“救うかどうか”は、森に関係ない。
俺が決めること。
森はそれを受け入れるし、拒絶もしない。
◆
焚き火が、急に小さく揺れた。
熱気ではなく、予兆の揺れ。
次の夜が近い。
次の探索も近い。
森編の終わりも近い。
その合図だ。
今の俺は、外の世界の“残骸”を燃やし、
“死ななかった執念”を燃やした。
次に燃やすべきは、森の外の“生き残り”そのものだ。
外の世界にまだ生命があるなら――それを見届ける。
生きているのか、死んでいるのか。
その境界を曖昧にしたまま触れるのではなく、
はっきりと――判別する。
それが、次の夜だ。
◆
「アルス」
リュミエルの呼び方が一段階だけ低くなる。
「覚悟しておいて。
次の場所には、命がある」
エリスが火を見たまま呟く。
「でも、人ではない」
カインが淡々と付け足す。
「人から外れたあとで、まだ生きてるやつらだ」
バロウが息を吐く。
灯が影を揺らす。
外の世界の方角へ向けて。
その揺れはこう語っていた。
「次は、“生き残った者”の場所だ」
◆
その瞬間、焚き火の炎が――青く染まった。
森の夜が、血肉を持った意思を剥き出しにする。
外の世界を回る旅は、残骸と骸だけでは終わらない。
次は、まだ息をしている“何か”がいる。
そしてそれは、生きているがゆえに危険だ。
俺は深く息を吸う。
恐怖でも興奮でもない。
ただ、動く前の静けさ。
◆
「行く」
短い言葉。
灯は寄り添い、
狼は森の奥から顔を上げ、
仲間たちは自分の居場所のまま、それを受け入れる。
誰も見送らない。
誰も止めない。
誰も期待しない。
ただ――当然として認める。
◆
焚き火の炎は青のまま。
夜は濃いまま。
空気は熱く、森は深く。
次に森を出るとき、
俺は“死でも生でもない何か”と向き合う。
それは敵か味方かではない。
俺が混ぜるか、焼くか。
そこだけが問題だ。
その悪魔が願う未来は、
焦げる未来の匂いを胸に吸い込みながら、
次の一歩へと静かに備えていた。




