表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その悪魔が願う未来  作者: 暁 龍弥


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/52

第3話「誰もいないはずの王都で、声がした」

 死が支配する王都の中心で、俺は歪んだ魔法陣を見下ろしていた。

 磔にされた無数の住民が残した血の跡。その中心に刻まれた円形の魔法陣は、ただの儀式では断じてない。


 問題は――使われた魔力が“人間由来”であることだ。


 魔力感知を強く発動させた瞬間、俺の背筋が粟立った。

 大量の魔力がここに流れ込んでいた痕跡がある。

 勇者カインの、戦士バロウの、魔法使いリュミエルの、そして聖女エリスの魔力――

 四人が生涯で積み上げてきた莫大な魔力量が、この魔法陣に“吸い取られた形跡”があった。


「勇者パーティの……魔力を使った、のか?」


 魔王に殺された瞬間に流出した魔力を、ここで何に使った?

 復活の儀式か?

 封印解除か?

 生贄による召喚儀か?


 答えは、わからない。

 だが一つだけ確かなのは――魔王が俺を生かし、王都は儀式で滅ぼされた。

 その二つが偶然であるはずがない。


 深く考えようとしたときだった。


 ――ガンッッ……!


 乾いた金属音が、遠くで響いた。

 建物が崩れる音ではない。

 短く、鈍く、壁を叩くような音。


 生存者か?

 罠か?

 敵か?


 だが、俺の身体はその正体を確かめようと勝手に動き出していた。

 心臓が騒ぎ、理性より本能が優位になる。


「……どこだ」


 気づけば、腰の短剣に手が伸びていた。

 俺は暗殺者。索敵と探索のプロだ。


 歩みを進めるにつれ、音は地下方向から聞こえてくると確信した。

 王城近くの聖堂――正確にはその地下に、隠し通路がある。


 人なら誰も知らない道。

 だが、俺は任務で一度潜入したことがある。


 聖堂跡の地下へ降りる階段は、瓦礫の下に埋まっていた。

 それを素手で掘り返し、指先の爪が剥がれて血が滲んでも止まらなかった。


 なぜだろう。

 人が生きているかもしれない、という淡い願いではない。

 「死んでいたら殺す」「生きていたら問い詰める」

 俺の中で生存確認は希望ではなく、復讐の義務にすり替わっていた。


 階段を降りるたび、空気が湿って重くなる。

 血と土とカビの臭いが混じり、人間を拒絶するような空気だった。


 そして――扉の前で音が止んだ。


 ――ガン……ッ


 今度は確実に人が叩いている音だ。

 だが一定のリズムではない。

 助けを求める音でもない。


 まるで何かを“引っ掻く”ような音。


 扉を蹴り破る。

 軋む悲鳴をあげながら扉が粉砕された。



 その部屋は牢屋だった。


 石造りの壁、剥き出しの鉄格子。

 その中に――人がいた。


「やっと、来たぁ……」


 声は人のものだが、人の声ではなかった。


 髪は抜け落ち、皮膚はひび割れ、両腕の関節はあり得ない角度に曲がっている。

 全身に刻印が焼き付けられ、魔力が渦巻き、所々が爛れて黒く膨張していた。


 だが――顔を見た瞬間、心臓が止まるほどの衝撃が走った。


「……エリス……?」


 聖女エリス。

 俺たちの仲間。

 玉座で真っ先に握り潰されたはずの彼女。


 本来なら死体のはずの彼女が、化け物のように変形しながら微笑んでいる。


「アルス……生きてたのね……生きてて、よかった……」


 その笑顔は、聖女だったころと同じ形。

 でも、目だけが違った。


 焦点が合っていないのに、的確に俺を見つめている。

 涙が流れているのに、頬の筋肉は死体のように固まっている。


「逃げて……殺して……助けて……うれしい……苦しい……にげないで……」


 発する言葉が全部矛盾している。

 理性と本能と魂が、それぞれ別の方向へ引き裂かれている。


 魔王の呪いだ。

 俺の“不滅”とは違う、もっと残酷な呪い。


「アルス……ねぇ……やっと会えた……ねぇ……ねぇ……」


 エリスが鉄格子に顔を押し付けた瞬間、皮膚が焼けただれ、血が噴き出しても笑っていた。


 人としての形を失いながらも、俺の名を呼んでいる。


 助けられる?

 無理だ。


 救える?

 無理だ。


 殺せる?

 ――それすら怪しい。


 でも俺は気づいてしまった。


 魔王は俺を“生かして”

 エリスを“生かしたまま壊し”

 王都を“儀式で殺した”


 これは破壊ではない。

 狙いがある。

 意図がある。


 俺の背骨がぞくりと震えた。


「アルス……ねぇ、わたし、ずっと……ここで……待ってたの……」


 その瞬間――


 エリスの両目から、黒い涙がこぼれ始めた。


 魔力が部屋全体を揺らすほど膨れ上がり、理性を失った叫びが喉から絞り出される。


「アルアアアアアアアアアスッッ!!!!」


 獣じみた叫びと共に、エリスの身体が膨張し、筋繊維が裂け、骨が隆起する。

 俺は反射的に短剣を構えた。


 ――次の瞬間、気づいてしまった。


 俺は仲間を助けたいんじゃない。

 蘇ってほしいとも思っていない。


 壊された仲間が目の前にいる現実が――俺を狂わせる快楽になっている。


 心臓が、人間ではない脈の打ち方をしていた。


「……いいよ。殺してやる」


 それは慈悲ではなく、願いでもなく――


 復讐でも救済でもない、快楽だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ