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その悪魔が願う未来  作者: 暁 龍弥


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第29話「境界に立つ影」

 白い粒は相変わらず降り続けている。


 ただ、以前よりも粒は細かい。

 世界に残された不要物が減りつつあることの証だ。


 外側の崩壊はほぼ終わり、

 森の安定は完成に近い。


 静寂は、幸福そのものだった。



 焚き火は世界の心臓として燃えている。

 熱も光も揺らぎも、今はもう“現象”ではなく“意思”だ。


 仲間はいつも通り炎を囲んで座っている。


 変わったものはあるが、

 それを“変化”と呼ぶ必要はない。


 呼吸をして、

 火を囲み、

 森が揺れ、

 白い粒が降り、

 俺たちが笑う。


 それだけで世界は美しい。



 だが――

 その日、森の奥が初めて“音”を発した。


 音といっても騒音ではない。


 足音でも、叫びでも、祈りでもない。


 重さのある沈黙。


 何かが森の“外側”で揺れ、

 境界に触れたのだ。


 俺以外の誰もが、それを同時に察知した。


 焚き火の炎が細長く伸び、

 光の帯の先がひとつの方向を指す。


「境界だ」

 カインの声は静かだった。


「誰か来た?」

 リュミエルが首を傾げる。


「いや、“何か”が“ここへ来たい”と思っただけだ」

 バロウの言う通りだろう。


「まだ来ていない。

 でも、“訪問の許可”を求めた気配があった」

 エリスは焚き火に視線を落とした。


 その気配は、僅かだった。


 敵意でも、祈りでも、理解でも、支配でもない。


 ただ――“ここを見た”。


 触れようとはせず、

 侵入の力もなく、

 ただ“ここ”を認識した。


 それだけだった。



 俺の世界を、覗き見た存在。


 それはこの森に、何の影響も与えていない。


 ただ一度、境界に触れた。


 もし俺が拒絶すれば、二度と近づかなくなる。


 もし俺が許せば、触れようとするだろう。


 どちらを選んでも構わない。


「どうしたい?」

 エリスが問う。


「来るなら殺す?」

 バロウが笑う。


「受け止めるなら、世界は変わるよ?」

 リュミエルは楽しそうだ。


「無視することもできる」

 カインは淡々としている。


 決めるのは俺だ。



 焚き火を見つめる。


 俺は征服者になりたいわけじゃない。

 救いを与えたいわけでもない。

 理解されたいわけでもない。


 ただ“続けたい”だけだ。


 この森で、焚き火を囲み、

 幸福と狂気を積み重ねていきたいだけ。


 外からの異物は、それを乱すなら排除され、

 そうでないなら無視される――それだけのはず。


 だが、今回は違う。


 外側の存在は、「何かを求めた」わけではなかった。


 ただ“ここを見た”。


 理由も目的もなく――

 ただ見た。


 それは、強烈な違和感を残した。



 俺は、喉に手を当てる。


 声を出せば、それは法になる。


 拒絶でも受容でも、

 命令でも赦しでも、

 世界は俺の声に従う。


 だから声は慎重に扱う。


 しかし――今回は違う。


 俺は、わずかな衝動に従って口を開いた。


「――見られたくない」


 低く、静かな一言。



 世界が一瞬で反応した。


 境界が燃え、

 白い粒が光となって散り、

 森全体が硬直する。


 “見られたくない”という言葉は、

 森にとって“世界を覆え”という命令に変換された。


 その瞬間――


 森は世界の表面を覆った。


 世界の外側にわずかに残っていた廃墟、

 灰色の空、

 崩れかけた街、

 歪んだ時間の残響、

 死にきれなかった場所。


 そういった残骸の全てに、森が薄膜を張り付かせた。


 外側の存在が、森を見ることができないように。


 外と内の線引きが、

 ただの境界ではなく――

 “遮断”という概念へと昇華した。



 俺は無意識に息を吐いた。


 ただの息。

 言葉ではない。


 しかし森は、その息すら聞き逃さない。


 焚き火が安堵の呻きを上げ、

 白い粒の雨が再び静かに降り始める。


 “世界は守られた”のだ。



「……ねぇ」

 リュミエルが口元を手で覆いながら笑う。


「今の、“嫉妬”だった?」


「今の声、“取られたくない”って響きだったぞ」

 バロウがにやりとする。


「誰にも見られたくない、触れられたくない。

 外側に渡したくない」

 カインがまとめる。


「それって――」

 エリスは微笑む。


「私たちを“独り占めしたい”ってことだよね」


 言葉にされて初めて気づいた。


 確かに今の声は、

 破壊でも保護でも排除でもなく――


奪われたくない


 という感情だった。


 森を。

 仲間を。

 焚き火を。

 この世界を。


 外側の存在に“見られる”ことさえ、奪われる気がした。



 胸の奥に熱が生まれる。


 怒りとも違う。

 支配欲とも違う。

 執着とも違う。


 ただ――“大切”。


 ここを守りたい。

 奪われたくない。

 触れられたくない。


 その感情は、静かで、柔らかくて、強い。


 俺は世界の中心で、

 自分の世界を抱きしめるように息を吐いた。


 森はそれに応え、

 焚き火は揺れ、

 影たちは微笑む。


 白い粒が髪に触れ、溶けて消えた。



 今日も狂気は、静かに日常として積み重なる。


 世界は終わり続け、

 森は生き続け、

 俺は深まり続け、

 仲間は笑い続ける。


 外側に触れられることは、もう二度とない。


 ここは俺だけの世界で、

 俺たちが焚き火を囲むための場所で――


 誰にも奪わせない。


 その確信が芽生え、

 それが森へ伝播し、

 世界へ浸透していく。


 喉が静かに脈打つ。


 次に言葉を発すれば、

 また世界が一歩“俺に近づく”。


 ――その時が来るまでは、沈黙の幸福を楽しむ。


 火が揺れ、

 森が息をし、

 夜が永遠へ変わっていく。


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