<死神? -前編>
『生まれて来なければ良かった。』
ネットを見ていると、そんな主張をしばしば見かける。俗にいう『反出生主義』の主張だ。僕もたいへんにしばしばその思いに囚われている。でも、ネット上でそのような主張している人の中には、少数だが『親ガチャ』がハズレ、と主張する者が居る。しかし、ネットに接続する携帯なり、パソコンを持っているんだよねぇ。中学生?高校生?学校にも行かずにこの時間からネットで遊ぶ余裕があるんだよねぇ。 ...食べることはできているんだよねえ。要するに親が金持ちではない、という些細な理由で、そのように主張しているんだよねぇ。…こんの贅沢者め!
《お金の問題なら、自分が度良くすれば何とかなるだろう? それを自分の運が悪いせいだ、と思うのは…親のせいにするのは、…何か違うぞ。》
と僕は思う。自分で働いてお金持ちになるのは面倒だから、親の遺産で働かずに食っていくことを望んでいるのか? 図々しい。横着者め!
そう言う僕も、昼間っから学校に行かずにネットを眺めている。僕もときどき『反出生主義』的な思いに囚われている。『生まれて来なければ良かった。』と思うときがある。
僕の『親ガチャ』はS評価では無いけどA評価だと思う。まあ満足できる。お母さんもお父さんも優しい。家の中流の上かな? これで満足できないなんて言ったら、罰が当たる。でも、病弱な身体は『はずれ』だろう。小児喘息持ちだ。今も入院している。病室でコソコソとネットを見ている。
喘息の発作はとても苦しい。気道が細くなり、息ができなくなる。水分が喉の奥や気管につまって咳き込むと、肺の中の空気を排き出すばかりで、空気を吸い込むことができなくなる。咳き込むと酸素不足で意識が遠のく。このまま酸素不足で死んでしまうんじゃないかと恐怖する。咳の合間に空気を肺に送ることができた。薄れた意識が回復する。
《今日も死なずに済んだ》
そう思うと、ホッとする。『生まれて来なければ良かった』なんて自分で思うくせに、いざ死に瀕すると死ぬのは怖い。なんというダブスタ(ダブル・スタンダード)だ。我ながら情けない。
しばしば入院するから中学校の授業の進捗に遅れる。勉強は嫌いではない。でも、ひとりで勉強するのは寂しい。そして、喘息発作を起こすと、脳が酸素不足でしばらく働かなくなる。夜中の咳で起きてしまうので、睡眠が浅く、常に寝不足で頭が働かない。いつもボーッとしている。我がことながらひたすら情けない。
入院費用もかかっているだろうなあ。お母さんは毎日見舞いに来て奇麗に洗濯されているパジャマを持って来てくれる。そして、洗濯物を持って帰り、次の日にはまた持って来てくれる。僕のために時間を使いお世話をしてくれる。さらに心配を掛けて、親に申し訳ないと思う。
この数年はこの状態が続き、入退院を繰り返している。『もう少し成長したら直る、症状が軽くなる』とお医者様はいうけど、…先が見えない。明日は昨日と今日の延長線上にあるんだぞ! 昔に比べて良くなって来ている気がしない。もうイヤになっちゃう。
僕の喘息は専門用語で言うとⅣ型アレルギーだそうだ。抗体性免疫ではなく細胞性免疫の暴走、白血球の暴走が僕のアレルギー症状の原因だそうだ、僕のアレルギー症状を引き起こすアレルゲンが何かはまだわかっていない。抗体とヒスタミンにより引き起こされる即時型のⅠ型アレルギーなら、抗ヒスタミン剤である程度押さえ込むことができる。でも、遅延型のⅣ型アレルギーの有効な薬は無い。唯一ステロイドの吸入が効くけど、副作用がある。それに、長く使いすぎると止められなくなるそうだ。だから、喘息発作のときだけステロイドの粉を吸いこむ。でも、これ、かえって咳き込むんだよな。それに吸入後にうがいをしなくちゃならない。うがいをすると吐き気まで出てくる。
だから、そんな僕が、特に発作を起こしている時に、『生まれて来なかった方が良かった』と考えてしまうのは、仕方が無いことだと思う。
もし生まれる前にこんな喘息体質だと自分で知ることができて、しかも芥川龍之介の『河童』みたいに、自分が喘息で苦しむことを知った上で、誕生の可否を自分で判断できたのなら、僕は河童の胎児のように生まれることを拒否しただろうな。どうだろうかねえ? カッパ?
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僕の入院している病室の隣の部屋には、僕と同じ学年の男子がいる。体調が落ち着いているときにはお互いに行き来する。彼は脳腫瘍の術後の療養中だ。
「よう。生きてるか?」
「かろうじてね。ハヤトこそ昨夜はかなり咳き込んで辛そうだたけど…」
「まあ、軽い喘息の発作だよ。ごめんね? 起こしちゃった?」
「まあ、お互い様だよ。」
「といっても、君は静かじゃないか。」
「なんせ死にかけているからね。」
お互いに、今日も生きていることを喜びあう、戦友だ。
「調子はどうだい?」
「あまり良くないな。吐き気が止まらない。抗がん剤のせいかな?」
彼は視床下部付近にできた脳腫瘍の摘出手術を受けて、今は抗がん剤治療を受けている。
「目の方は?」
「まだ上手く見えないな。視神経が傷ついたかな?」
一緒に勉強できるような状態ではないようだ。彼に比べれば僕はまだましなんだろうか。
その後、僕たちは『病気が治ったら』何をしたいか、将来の夢を語り合った。
「じゃあ、また明日な。」
「ああ。」
彼を疲れさせてはいけない。彼の病室を辞去する。
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