<海の底から -後編>
「おじいさん達は誰?」
ある夜、ナミちゃんがいつものように浜辺に流れ着いたゴミを拾っていると、そこへ緑のとんがり帽子をかぶったおじいさんとピンクのスカーフのおばあさんがやってきた。
「ナミちゃん…だね?」
おじいさんに名前を呼ばれた。名前を呼ばれたのは何年ぶりだろうか? ナミという自分の名前を忘れかけていた。
「…はい。おじさんは、だぁれ?」
「僕はミヤサワ君だよ。それと、こっちのばあさんは僕の奥さんの理恵子さんだ。 ナミちゃんのおばあちゃんが狭間の世界で君のことを心配している。おじさんたちと一緒にいこう。」
おばあさんが私の顔を見て、にっこり微笑んだ。
「私のこと…怖くはないですか?」
「怖いって…何で? ナミちゃんはかわいいわょ?」
とおばあさんがニコニコしながら答えた。
「…狭間の世界ってどこですか?」
とんがり帽子のおじいさんがその問いに答えた。
「狭間の世界は、『次の世界』だよ。君はまだ黒くなっていない。人を驚かしても、その命を奪ったりはしていない。だから、今なら、まだ狭間の世界へ昇れる。 一緒にいこう。」
ナミちゃんは老夫婦を見た。おじいさんがナミちゃんの手を握った。
二人とも優しそうな顔でナミちゃんを見ている。でもナミちゃんは悲しそうな顔で答えた。
「ダメなの。私、ここを離れられないの。ほら。」
ナミちゃんは黒い手が掴んでいる自分の足首を指差した。
緑のとんがり帽子のおじいさんがナミちゃんの手を上へ引っ張った。ナミちゃんの足が黒い海面から引き上げられる。黒い海の波がナミちゃんの足に絡み付いている。
「ばあさん!」
「はいょ!」
ピンクスカーフのおばあさんが棒?孫の手?で ナミちゃんの足首を掴んでいる黒い手?波をぶっ叩いた。
すると、黒い手はナミちゃんの足首を放し、するすると海の中へと引っ込んでいった。
「もう大丈夫だ。ナミちゃんを捕まえていた黒い手は、もうナミちゃんを海に引きずり込めない。」
おじいさんはにっこりと微笑み、ナミちゃんを抱き上げ、その頭をなでた。
ナミちゃんは波打ち際へ振り向いた。
黒い海のうねりの中にあの目玉がぷかぷか浮いている。
「おじいさん。あの黒い子は一緒に狭間の世界に行けないの? あの子は寂しがり屋でひとりぼっちなの。」
おじいさんはそのナミちゃんの願いを聞くと、一瞬ビックリした顔をした。直ぐに眉間にしわを寄せ眉をハの字にしてしばし考える顔をした。そして、困惑した声で答えた。
「残念だけど、もうあの子は真っ黒くなってしまっている。僕ごときではあの子を狭間の世界に連れて行けない。連れて行く力が僕には無い。連れて行ってあげられない。」
おじいさんは目をつぶり、悲しそうに答えた。
おばあさんはおじいさんに抱かれているナミちゃんの背中に手を回し、海とナミちゃんの間に立ちふさがった。そして、同じく悲しげな顔で海の方を見ていた。
「…そうなの…」
ナミちゃんの呟きに、おばあさんが答えた。
「さあ、いきましょう。」
ナミちゃんはおじいさんの腕の中から、手を上げてその手を海に向けて小さく振った。
「バイバイ。」
ナミちゃんは海に別れを告げた。
海の波が大きくうねり、そのうねりの中に、あの日に見た貝殻のような目が見えた。その目は去り行くナミちゃんを悲しげに見つめていた。浜辺で弾けた小波が手を振って別れを惜しんでいるように見えた。




