<海の底から -前編>
ここから新作になります。
海の底はほの暗い。静かでほの暗く、寂しい。
見上げると遠くに海面がきらめいている。日を受けた海面の波がミラーボールの様にきらめいている。美しい。
そのきらめく光に吸い寄せられて、私は波の上に顔を出す。岩場に挟まれた砂浜が遠くに見える。砂浜では小さな子供連れの家族が貝殻を拾ったり、スコップで砂を掘って池を作ったりしている。楽しそうだ。
私は思わず叫んだ。
「わたしも仲間に入れて? 私も遊びたい。」
しゃがみ込んで貝殻を拾っていた小さな男の子が立ち上がり、きょろきょろと周りを見回す。
「わたしはここよ! 海の中よ。沖の方よ。」
男の子は波打ち際から、浜辺に座っているお母さんの方へ逃げ帰り、その影に隠れた。
《だめか。こっちには来ないか。》
私は残念そうに、恨めしげにその小さな男の子を見る。
《せめて波打ち際まで来たら、大きな波で足をすくって、こっちに来てもらうのに。》
でも、男の子はおびえた顔でこっちを見ているばかりだ。
「こっちにおいで。ほら、波打ち際には奇麗な貝殻が落ちているわ。」
誘ったけど、こっちへは来ないなあ。この前の女の子は直ぐに来たのに。
♫ ♫ ♫ ♫ ♫
今から何年か前のお盆過ぎのあの日、私はお腹が大きくなったお母さんとおばあちゃんと砂浜に遊びに来た。波は高くはなかったが、海の色は少し青黒く、いつものようなコバルトブルーではなかった。
時々高い波が来て足下を濡らす波打ち際で貝殻を拾っていた。
「ナミちゃん。海にはいっちゃダメよ。」
お母さんの声が聞こえた。
「は〜い!」
その呼びかけに返事した。その声を聞いてお母さんもおばあちゃんもニコニコとしていた。
波打ち際を裸足で歩く。水にぬれたひんやりとした砂が足の指の間にはいってくる。くすぐったい。波が来ると、足下の砂が流されて、バランスを崩しそうになる。でも、尻餅をついたらお尻がベションコになる。 危ない、危ない。お尻がぬれちゃうと、きもち悪い。そんなことを考えながら、波打ち際を散歩した。
少し先の波打ち際から少し沖の砂の上に何か光るものがある。 何だろう? でも、あれは海の中だよなあ。お母さんとおばあちゃんの言いつけは守らなきゃ。でも、好奇心に引かれ、その光るものをもっとちゃんと見極めたくて、私はそちらの方へ歩き出した。
遠浅の砂浜の海の中、岸からほんの少し海の中、1メートルくらい沖にその光るものはあった。海面のキラキラの中、黒っぽい砂の上でそれは光っていた。
《何だろう? ここからでは良くわからない。》
一歩近づいた。まだわからない。波でゆらゆら揺れているように見える。もう一歩踏み出す。足の裏の砂が柔らかい。膝下まで海水に浸かっている。
その光るものに手を伸ばせば手が届くところまで来て、それが何か、やっと分かった。目だ。砂の上に目が浮いている。その目がニヤッと嗤った。
「キャーッ!」
お母さんの悲鳴が聞こえた。顔を上げると、不自然に大きな波が私へと迫っていた。岸へ逃げようとしたが、足首が何かに掴まれている。大きな波に抱きすくめられて、海に引きずり込まれてしまった。息ができない。海の中から海面を見ると、キラキラしていた。ゴボゴボという私の吹き出した泡の音にまぎれ、お母さんの声はもう聞こえなかった。
♫ ♫ ♫ ♫ ♫
あれから何年?…何十年? 経っただろう。 私はまだ海の中にいる。海から出ようとすると、何かが私の足首を掴んで、離してくれない。
私が振り返ってみると、泣きそうな悲しそうな目が私を見る。行っちゃイヤだ、行かないでと見る。
「大丈夫。どこかに行ったりはしないから。」
というと、足首を掴む黒い手が緩む。夜に手が緩んだ時は、海面の上の波打ち際まで出て行くことができる。でも、昼間は海の底で、キラキラ光る水面を海の中から見ている。
ある夜、浜辺で花火をしている10人くらいのお兄さんお姉さんを見つけた。
《花火は奇麗だな。》
私は波打ち際からボーッとその花火を見ていた。お姉さんの中のひとりが波打ち際から花火を見ている私を見つけて声を掛けてきた。
「どうしたの?そんなところにいたら、危ないよ?」
私は顔を上げてそのお姉さんを見た。目が合った。そのお姉さんは私の顔を見て悲鳴を上げた。ひどいなあ。他人の顔を見て悲鳴を上げるなんて。
その悲鳴を聞いて周りのお兄さんお姉さんが一斉にこっちを見る。私は怖くなってズルズルと海の底へと戻っていった。お兄さんお姐さん達はビックリしたようだ。後片付けもせずに砂浜から逃げていった。
《寂しいなあ。ねえ、一緒に遊ぼうよ。…せめて一緒に花火の燃へカスを片付けようよぉ。》
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その海水浴場は岩場に挟まれた遠浅の砂浜で水も澄んでいる、奇麗な場所であった。でも、いつからか、夜になると白骨の幽霊が出ると言われるようになった。
そのうち、昼間でも、『波打ち際で足を引っ張られた』、という事案が頻発し、お祓いも行われた。そして、ついに、小さな女の子が足を掴まれ溺れかけたため、海水浴場は閉鎖された。
それでも、お盆過ぎには無謀な若者が肝試しにきた。でも、そのような者は夜の波打ち際で足を引っ張られるようなことも、白骨の幽霊を見ることも無かった。
《だって、あのお兄ちゃん達は怖いんだもの。》
ナミちゃんは夜遅くなると、彼らが荒らした砂浜のゴミを拾い、奇麗に掃除した。漂着ゴミも拾い流れ着いた木の枝を砂浜の脇、岩場の方によけた。誰も訪れない砂浜は、いつも奇麗であった。誰かが遊びに来ることを期待しているように...
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