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<ビスク・ドール>


 「あなたのお肌はツルツルね。本当にうらやましいわ。」

理恵子さんは、顔(頭)と手の部分が磁器製のアンティークのお人形さんを見てため息をつく。

 「理恵子さんも奇麗に歳をとられた素敵なおばさまだわ。」

お人形が答える。


 真夜中の美術館の展示室にミヤサワ君と理恵子さんは訪れていた。

 「あなたのことを抱っこして、傍であなたのお顔をよく見させて頂いても良ろしいかしら?」

 「ええ。もちろんよ。私はそのためのお人形ですもの。」


 理恵子さんは展示台に手を伸ばし、そのお人形をそっと抱き上げて、傍の椅子に腰掛けた。お人形さんは理恵子さんの膝の上に座った。理恵子さんはお人形さんの背中に手を回して、その顔に自分の顔を近づけた。


 「ああ、やっぱり優しいお顔をしているわね。アルカイック・スマイルトいうのかしらね。優しい口元の表情は弥勒菩薩様のようだわ。」

 「弥勒菩薩様? 私はそのお方を存じあげないのですが…」

 「日本にある仏像よ。仏様よ。遠い未来に人類とその魂を救済してくださるという仏様よ。あなたは広隆寺の弥勒様よりも中宮寺の弥勒様に似ているかしら。」

 「まあ、そんな高貴な方に似ていると言われるのは、光栄だわ。」

 「でも、あなたの乳白色の透けるようなお肌はとても素敵よ。その小さなお手々もかわいらしいわ。」

 「ありがとう。理恵子さんもその優しい微笑みは素敵よ。淑女の微笑みだわ。…でもね。殿方を棒?孫の手でしばくのは、淑女としてはいかがなものかと思うの。しばいている時のお顔は、確かに微笑んでいたけど…なにか獰猛なものを感じたわ。」

 二人の淑女は部屋の隅でジャガイモ顔をさらにボコボコにされて転がっているミヤサワ君を見た。


 「いいのよ。あのジャガイモはミヤサワ君と言って私のダンナだけど。この部屋に入るなり、いきなりあなたのことを抱き上げようとしたのよ。わたしという妻の目の前で突然に他の女性に抱きつこうとするなんて、余りにデリカシーのない行為よ。妻としてはボコボコにして当然よ。ダンナを躾けるのは妻の義務よ。」

といって理恵子さんは凄惨な笑顔で微笑んだ。コワッ!


 「あら、あなたのダンナ様だったの。なかなかにファンキーなお顔をしてらっしゃるわね。緑のとんがり帽子もメルヒェンだわ。あれは理恵子さんのご趣味なの?」

 「とんでもない! あの人の悪趣味には生前、散々苦労したわ。辟易するわ。でも、まあ、あの人のことは嫌いではないわね。 ところで、教えてほしいのだけど、どうしてあなたには魂があるの? 『お人形さんを大事にしていると魂が宿る』というけど、魂が宿ったの?」

 「う〜ん、とね。話すと長くなるのだけど。私は作られたときから魂が宿っているの。後から私がこのお人形に入り込んだわけではないのよ。」

 「そうなのね。」


 「ええ。生前、私は2人姉妹の姉だったの。でもね、事故で命を落としてしまったの。磁器職人の父は悲しんで悲しんで、私の骨灰でこのお人形の頭と手を焼き上げたの。それで、このお人形には私の魂が練り込まれてしまったの。そして、お人形として産まれ変わったの。」

 「…ボお顔と御手々はお姉ちゃんの骨で作られたボーン・チャイナ、なのね。」

 「そうなの。 あえて言えばリボーン・チャイナなの。 オホホホホ」

傍で聞いていて《お、面白くない》とミヤサワ君は思った。理恵子さんも微妙な顔をしている。


 「ちょっと良いかな?」

ミヤサワ君が会話にインターセプトを掛けた。

 「なんでしょうか?」

 「あなたはもう200年近く現世に留まっていたようですが、見たところあなたの魂は純粋な色をしている。普通なら魂だけの存在で現世に留まれば、イヤなことを多く経験し、深い緑色に染まっていくものだ。でも、あなたの魂はほとんど無色透明だ。だから僕もあなたをなかなか発見できなかった。なぜでしょうか?」

 お人形さんは小首をかしげて、目を閉じて、少し考えた。 そして、ミヤサワ君の問いに答えた。

 「おそらくですが、愛され続けていたからじゃないでしょうか?」

 「愛され続けていた?」 

 「はい。私はリボーン(人形に産まれ変わった)直後から、当時まだ小さかった妹のベビーベッドに一緒に寝かされました。妹の成長の過程で私は常に妹の傍にあり、抱きしめられ、一緒に時を過ごしました。そして、妹が学校スクールから大学カレッジへ進学したときも一緒でした。さらに、妹が恋をしたときも、結婚し嫁いだときも一緒にありました。やがて妹に娘が生まれ、私は『伯母さん』として、姪と一緒に過ごしたのです。そのようにして、妹の子供達、孫達、曾孫達に愛され続けてきました。」

 「なるほど。抱っこされていたから、可愛がってもらっていたから、黒くならなくて済んだ。悪いものにならなくて済んだ、ということですね。」


 「しかし、200年近い時を経て、私もアンティークになり、博物館に収蔵され、もう誰にも抱きしめてもらえない、寂しい日々を送っていたのです。だから、数十年ぶりに理恵子さんに抱きしめてもらえて、とても嬉しかった。」

そう言って、お人形は目から小さな涙をこぼした。


 「あなたの魂は、今はまだ、この人形の中に閉じ込められています。でも、あなたが望めば、私はあなたを本当のリボーン(生まれ変わり)のための次のステージへご案内することができます。」

 「本当ですか?」

お人形さんは理恵子さんの顔を見上げた。理恵子さんはしっかりと頷いた。

 「ミヤサワさん、次のステージへの案内をお願いします。そこに私の妹はいるのでしょうか?」

 「おそらくいらっしゃいます。私があなたを探し始めたのは、『狭間の世界』にいる妹さんに頼まれたからですよ。」


 ミヤサワ君は片膝をついて、右手を理恵子さんに抱かれたビスクドールに差し出し、エスコートの体勢になった。そして、3人は光に包まれた。

 後には魂の抜けた1体のアンティーク・ドールが展示台の上に残されていた。


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