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余暇6:暴走する千穂

夜も更けてきたころ、千穂と俺は就寝の準備をしていた。


千穂が着ているのは、着ぐるみタイプのパンダパジャマ。童顔の千穂に、モフモフのパンダ柄がベストマッチしている。


「がおー、襲っちゃうぞ。」


「それはクマかな。まあ、パンダに襲われても洒落にならないだろうが。」


 とりあえず、なでなでして大人しくさせておく。気持ちよさそうに目を細める千穂がまた愛おしい。


「じゃあ、灯りを消すぞ、千穂。」


「待って、おやすみのキス。忘れている。」


「飽きないな。」


「飽きちゃった?」


「いや。」


 望み通り、彼女の唇に熱い口づけを。彼女の柔らかい唇の感触が伝わってくる。


「ぷはあ……ありがと、直君。」


 キスを終えると、千穂は軽く跳躍して、ベッドに向かって身を投げ出す。


「ダ~イブ!」


「精神年齢が一気に下がったな。」


 苦笑いを浮かべながら俺も床に就いた。


ところが、眠気が襲ってきたころ、隣の方からモゾモゾと音がする。寝返りを打って、うっすら瞼を開ける。すると、部屋から出ていく千穂の姿が映った。


「あれ、またか……」


 ここ数日、何度かこういうことがあった。トイレというには戻るまでの時間が長かった。あまり、人の秘密を暴くのは趣味ではないのだが、流石に気になって仕方ない。


「どこ行ったんだろ。」


 とりあえず寝室を出てみる。だが、外には月明りが差し込む暗い廊下が続くだけ。冷静に考えると魔王城は一般住宅に比べてバカ広い。


「これじゃあ見つけるのも一苦労だな。もし俺だったら、どこに行くだろうな。」


想像してみよう。夜一人、他の住人に気づかれないようにこっそりと行く用事といえば……俺は真っすぐと想像したその場所に進んだ。


「ビンゴ」


俺が指さしたのは、厨房。案の定、灯りが漏れている。


「やっぱり、夜にベッドから抜け出すなら夜食しかないよな。」


 さて、一体何を食っているだろうか。夜食の代表格、ラーメンはこの世界にはない。とすると、代わりに何があるだろうか。やはり同じ麺類のパスタだろうか。気になって覗いてみた。そして、驚愕した。


「あれ、直君?」


「千穂、こんな時間にその量食うの?」


 そこには、イチゴのホールケーキを幸せそうに頬張る千穂の姿があった。切り分けてる様子はないので丸ごと食べるつもりだろう。頬にはホイップクリームが引っ付いている。なんか、俺の想像していた夜食のレベルをはるかに超えてきたな。カロリーえぐそう。


 「ふぇ?な、直君……えっと、その、今日だけ、今日だけ、何か唐突にたべたくなっちゃって……」


「今日だけ?ここのところよくベッドからいなくなっていたが。」


「ふぇ!?あ、えっとその、いや……」


「この量を毎回食っていたのか?」


千穂は無言で、目をそらす。もうそれはイエスと言っているに等しい。


「どうりで最近千穂の腹がぼてっとしてきたと思ったら。」


 軽い忠告のつもりだった。だが、この一言がまずかった。


「ぶぇ!?げっほげっほ……」


「だ、大丈夫か。」


 その場に倒れこみ、せき込む千穂。慌てて駆け寄った俺に、千穂は縋りついた。


「ねえ、直君、冗談だよね。」


「あ、あははは……」


「笑ってごまかさないで、ねえ、嘘だよね、嘘だと言ってよ直君。」


涙目で必死に訴える千穂。俺はどう答えていいかわからず、気まずくなって目をそらす。そりゃあ、ちょっと夜食にしては多すぎるが、俺だって夜食は好きだ。あんまり千穂を責めたくない。


「マジなの?」


「俺はちょっとムチムチなぐらいなのも好きだよ。」


苦し紛れの励ましの台詞。だが、千穂は一層青ざめていく。そして、立ち上がったかと思うと、突然どこかへ駆け出して行った。


行先は風呂場だろうか。あそこには体重計があったはずだ。


「え、ちょっと、待って、ウソウソウソ!いやあああああああ!」


 千穂の悲鳴が屋敷中にこだました。






 次の日の朝、魔王城の庭に俺たちの姿はあった。


「えっほ、えっほ!」


「朝から運動とは良い心がけですね、千穂乃様。」


「うん、頑張ってダイエットするんだ。」


 夜の出来事が余程ショックだったのか、千穂は朝早くからランニングを始めた。それ自体は別に構わないのだが……


「ふぁあ……眠いんだけど。なんで俺まで……」


「魔王様が健康に目覚めたのだ。夫である貴様が付き合わずしてどうする?」


というわけで、なぜか俺とノクシエルまで走っている。朝に弱く、ヘロヘロの俺。それに対し、この真面目吸血鬼は、朝から無駄にさわやかだ。おかしい、吸血鬼って日光NGじゃなかったか?


「おい、ちょっと、そろそろ休憩……しないか?」


息を切らしてふらつき始めた。そろそろキツイ。だが、メイとノクシエルから返ってきた回答は……


「直太様、この程度息が上がるとは雑魚ですね。ざーこ、ざーこ!」


「無様なものだな。やはり、貴様に魔王様の隣は相応しくない。素直に元の世界に帰るんだな。」


「お前ら!ここぞとばかりに好き放題言いやがって……」


「こ~ら!直君に意地悪言わないの。」


 流石、千穂、俺の嫁!俺を貶す悪霊どもをちゃんと叱ってくれる。


「ごめんね、直君。付き合ってもらっちゃって。ちょっと休憩しようか。」


「あ、ありがとう……助かる。」


 芝生の上に座り込んだ。


「ふう……」


 ふと顔をあげると、千穂がこちらを覗き込んでいた。タンクトップの間から見える胸の谷間が目に映る。


「う~んこれはいい眺めかもしれない。」


「何じろじろ見てるの?直君のエッチ


千穂は胸を隠すような動作を取ったが、満更でもなさそう。


「直太様、お水をどうぞ。」


「サンキュー。」


 メイから水を受け取り、カラカラの喉を潤す。欲を言えばスポドリの味が恋しいが、今はこれでも十分上手い。


そんな中、突然千穂が目を大きく見開いてどこかを指さした。


「あれ、ミラちゃんだ!」


「げっ!な、何でここに京福千穂乃が。」


 俺は青ざめた。千穂にとってミラは絶対あってはいけない人間だ。ミラがいなければ、彼女は死にかけることはなかったのだから。状況をどう取り繕うか、必死に頭を回転させる。ダメだ。もう、ミラの姿は千穂の目に映っている。どうしようもできない。


 頭を抱えた。


しかし、事態は思わぬ方向に動く。なんと、千穂は何一つ臆することなく、ミラにすり寄ってきた。


「久しぶり!元気にしてた?」


 千穂は、満面の笑みでハグを求める。一方のミラは、顔を真っ青にしてブルブル震えていた。


「おい、貴様は確か、ミラが魔王様を殺しかけたといったよな。」


「ああ、間違いない。ミラとの戦闘の最中に、ビルの爆発に巻き込まれたはずだが……」


 頭の中が疑問符で埋め尽くされる。見かねたメイが恐る恐る千穂に尋ねた。


「千穂乃様、一体いつ、ミラ様と仲良くなられたのですか?」


「いつ?最初から私は仲良しのつもりだけど。」


「はい?」


さっぱり状況が読めない。


そんな俺たちの様子を見て、千穂は説明を始めた。




 それは、俺が阿久人を追ってビルの外に出た後に遡る。


千穂はビームショットガンを構え、ミラと対峙した。


一瞬沈黙が流れる。そして、千穂は、走り出した。彼女はショットガンを撃つことなく、ミラに肉薄。


「おっと、危なっ!」


ミラから振り下ろされた一撃を軽くかわした。千穂は決してショットガンの引き金を引くことなく、ミラの周囲を動き回る。だが、鎌を振り回されては一向に近づけない。


「どうしよう……そうだ!」


突如、千穂はショットガンを上に放り投げる。その意図が読めず、戸惑うミラ。


だが、ショットガンに気を取られた一瞬の隙に、千穂自身がその場にいなくなっている。


敵はどこか、必死に周囲を見渡す。


だが、彼女は気づいた。千穂は、ミラのすぐ後ろに回り込んでいたことに。


そして、千穂はミラの背中めがけて……


抱き着いた。


「可愛い、可愛いよぉ!」


「へっ、何?何してんの、あなた?」


「わっ、しゃべった。声も可愛い。」


千穂は頬をすり合わせて、ご満悦の様子だ。突然のスキンシップに体を硬直させるミラ。手に持っている鎌を振り上げ抵抗を試みる。だが、千穂は素早くその腕をがっしり掴む。


「ダメだよ。こんな危ないものは、ミラちゃんには似合わない。あっちにポイ。」


「私の鎌がぁ……」


 呆気なく、丸腰にされたミラをさらなるさるスキンシップが襲う。千穂は、彼女の胸に顔をすり寄せたかと思うと、体のラインをなぞり気持ち悪い笑みを浮かべる。


「やめて、あちこち触らないで!」


「そんなに邪見にしないで。仲良くなろうよ~。そうだ、このドレスどこで買ったの?」


「売り物じゃないわ、特注品よ!……じゃなくて……」


「うわあ、お肌すべすべ。」


「ちょ、どこ触ってるのよあんた!」


 暴走を始めた千穂は、ミラのドレスの中に手を突っ込み始めた。予想だにしない、攻撃にミラは悲鳴を上げることしかできない。


「いや、ダメ!どうしてこんな目に合わなくちゃならないのよぉ!」


 ミラの叫びは誰にも届くことはなかった。


 


「そんな感じで楽しんでいたらビルの自爆に巻き込まれちゃった。てへぺろ。」


「てへぺろ、じゃねえよ!真面目な戦いの最中に、なんてことしているんだ。」


 ある意味衝撃の事実に、唖然とする。というか、同性同士だからって不必要なボディタッチは普通に犯罪だろ。


「ミラ、何か色々悪かったな。」


「やめて、あれは思い出したくもない一生の不覚なのよ。謝られたら余計惨めだわ。」


 ミラは、顔を隠して俯いてしまう。これは心の傷は深そうだな。千穂の可愛さへの執着は凄まじい。だが、犯罪すれすれの行為にまで発展するとは。


 ミラ自身の人並みならぬ美貌が、千穂のスイッチを入れてしまったのだろうか。千穂は、よだれを垂らして震えるミラに迫る。


「というわけでミラちゃん、あの時の続きを。」


「まって、嘘……もういやなの!」


「そんな嫌がらないでよ、汗かいたし一緒にお風呂入ろ?」


 千穂は、その細い腕からは考えられない強い力でミラの腕をつかむ。手足をばたつかせても、逃げられるものではない。


「いやあああああ助けて~!犯される、穢れちゃう、お願い!!見捨てないで!」


 涙目で訴えるミラ。しかし、そんな彼女に俺たちは一言。


「「諦めてくれ」」


 その一言で、ミラの顔が絶望に染まる。可哀そうに。


「心苦しいが今の俺たちに千穂を止める方法はない。」


「魔王様はスイッチはが入ると止まらんのだ。」


「いや、あん♡きゃああああ!」


城の方に遠ざかっていく悲鳴に、俺とノクシエルは合掌した。



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