余暇5:夜の市場
王都の夜の市場。石畳の舗装された道を、露店が占拠している。どうやら、魔王軍の進撃によって土地を失った人々が、王都になだれ込んだ結果らしい。その中を進太郎とガルドが重い足取りで進んでいた。
「進太郎殿、大丈夫であるか。」
「すみません。」
「謝ることはない。吾輩も芳しい戦果は上がらなかった。」
直太とメイが離脱したあとも、進太郎たちは魔王軍の拠点を叩いていた。直太たちの穴埋めとして、騎士団の精鋭を4人ほど加えた。人数だけなら、前より多い。だが、1週間経っても攻略はできていなかった。結局、一度王都に戻り体制を立て直すことになった。
「最近、調子が出ていないな。やはり、仲間の裏切りがメンタルに来ているとみる。」
「……はい。」
「まあ、直太殿が裏切った気持ち、わからなくもない。」
「そうなんですか?」
進太郎は驚いた。王国の人間は、全員、国の姿勢を妄信していると思っていたから。
ガルドはおもむろに、1件の露店の前で歩みを止めた。そこに売られていたのは、2体の奴隷。直太が、泊まった宿で働いていた猫耳姉妹だった。
「そこの彼女らはいくらであるか?」
「10フラットだ。」
ガルドの問いに、もじゃもじゃの髭を蓄えた奴隷商の男が答えた。進太郎の感覚では1フラット5万円くらい。10フラットだと、50万円ほどになる。
「随分吹っ掛けられたものであるな。相場は一人3フラット。2人セットで5フラット程度であろう。」
「双子は高いんだ。文句があるなら帰んな。」
ガルドが勇者パーティーの一人であることは、広く知れ渡っている。相手も客を見て値段を高く設定したのだろう。ガルドは、苦笑いを浮かべた。
「仕方あるまい、ではその価格で買おう。」
「はいよ。」
金銭のやり取りを終えると、猫耳姉妹は拘束を解かれ、ガルドの下にわたった。
彼は姉妹の肩を掴んで、頼もしい様子で言った。
「もう大丈夫であるぞ。君たちは我が雇う。無論、相応の報酬と寝床も用意する。もちろん、他に行きたいところがあれば協力するが……」
「にゃあ、助かったにゃああ。」
「ありがとうございます。ぜひ働かせてください。」
泣いて喜ぶ姉妹に、ガルドの張りつめていた表情も緩む。
「このように可愛らしい少女が、奴隷として売買されるとは。酷い世界である。彼女らが我々と何が違うだろうか。ただ、猫耳がついているだけ。魔族のために戦う魔王軍の気持ちもわかる。」
「ガルドさん……」
「しかし、やはり伝統ある王国は裏切れん。長くこの地を治めていたのは王国なのだ。
魔王軍はこの地の平穏を乱していることに変わりはない。」
彼は全てを知った上で、王国の一員として戦っている。進太郎にその覚悟はまだなかった。
「俺は、何が正しいのかわかりません。」
「それでよい。おのずと答えは出る。例え、そなたが魔王軍に与しても、それを尊重しようとも。」
敵わない。進太郎は直観的にそう感じた。彼自身にそこまで受け入れる器の大きさはない。ただでさえ大きいガルドの背中が一層、頼もしく見えた。
「あれ?」
ふと、市場の一角に目が留まる。円柱型のかごの中に、何かが大量に入っている。近づいてみると空き缶を集めたみたいに無造作に詰め込まれている。進太郎はこの道具のシルエットに見覚えがあった。
「これは、翻訳機ですか?」
「ああ、旧型であるな。ここ1年ほどで今使っている新しいものに置き換えられたのだ。」
「また何で?俺こっちのデザインの方が好きですよ。」
今耳に着けている翻訳機は、無地のシンプルな物。たいして、旧型は羽ばたく白鳥のデザインが彫り込まれていて非常に凝っている。
「同感である。溶かして、再利用するにはもったいない。だが、旧型では進太郎殿と会話はできぬ。」
「なるほど、日本語に対応させるために……」
「まあ、一部の強情な騎士は旧型を使っているがな。使い慣れた物に愛着があるのだろう。」
異世界から勇者を召喚するのもタダではない。それなりの下準備の上に成り立っている。進太郎は改めて、自分が背負っている使命と期待の重さを感じた。




